まずは、城の素顔から
この城の基本情報
- 城のかたち
- 平山城
- 築城・成立
- 1604年着工、1616年に築城工事を終える
- 築城に関わった人物・勢力
- 森忠政。のちに松平氏が使用
- 別名・呼び名
- 城跡の公園名は鶴山公園
- いま残るもの
- 石垣・曲輪。備中櫓は2005年の復元
THE STORY
歴史をひもとく
森忠政は1603年に津山へ入り、翌1604年に築城を始めました。1616年まで約13年にわたり工事が進められ、城と城下町が整えられました。のちに松平氏の城となりましたが、明治には天守などの建物が撤去されます。城跡は鶴山公園として親しまれ、残された石垣を中心に保存整備が続いています。2005年には備中櫓が復元され、失われた城内建築の一部を具体的に見られるようになりました。
LAYOUT & ARCHITECTURE
地形と建物を、見てみよう。
丘の頂部に本丸を置き、周囲を二ノ丸と三ノ丸が取り巻く平山城です。高い石垣と折れ曲がる門の通路を組み合わせ、中心へ直進しにくい構造にしています。天守跡と備中櫓の位置を比べると、城の象徴となる建物と御殿に近い建物の役割の違いが見えてきます。
A CLOSER LOOK
この城では、ここに注目。
石垣がつくる城の輪郭
本丸を中心に二ノ丸、三ノ丸が重なり、石垣が大きな高低差をつくっています。登る途中で振り返ると、一枚の壁ではなく複数の防衛線だったことが分かります。
復元された備中櫓
2005年に復元された備中櫓は、天守とは別の建物です。かつては御殿とつながる私的な空間を含み、櫓にも暮らしに関わる役割があったことを伝えます。
城下町へ続く視点
森氏の城づくりは、周辺の町の整備と一体で進められました。城内の石垣を見た後に町の通りへ出ると、山上の防備と麓の生活圏を続けて考えられます。
THROUGH THE YEARS
歴史年表
- 1604
森忠政が築城に着手。
- 1616
約13年にわたる築城工事が終了。
- 2005
備中櫓が復元される。
BEFORE YOU GO
訪ねる前の、ひとメモ。
石段を上がりながら曲輪を巡る城跡です。備中櫓の内部見学と公園の散策は内容が異なるので、建物も見たい場合は公開時間を含めて予定を立ててください。
情報確認:2026年9月27日
出典・参考にした公式情報
営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。



