No. 063中国鳥取県

鳥取城

Tottori Castle

城跡・遺構

久松山の山頂と麓に、異なる時代の城の姿が重なります。山城の険しさと、江戸時代の広い石垣の城を一か所で見比べられる史跡です。

鳥取城跡の段状に重なる石垣
鳥取城跡の段状に重なる石垣写真:663highland · CC BY 2.5 · 縮小・WebP変換。一覧では枠に合わせて表示。写真は撮影当時の姿です。現在の工事・公開状況は本文と公式案内でご確認ください。

まずは、城の素顔から

この城の基本情報

城のかたち
山城から平山城へ発展
築城・成立
16世紀に起源、江戸初期に拡張
築城に関わった人物・勢力
山名氏、宮部氏、池田氏ら
別名・呼び名
久松山の城
いま残るもの
石垣・曲輪・天守台、復元された門

THE STORY

歴史をひもとく

鳥取城は戦国時代の山城を起源とし、羽柴秀吉の兵糧攻めの舞台となりました。江戸時代には池田氏が麓の山下ノ丸を拡張し、藩の大きな城へ発展させました。明治に主要な建物は撤去されましたが、石垣は各時代の城づくりを伝えています。近年は正面登城路や門の復元整備が進み、2021年には中ノ御門表門が完成しました。

LAYOUT & ARCHITECTURE

地形と建物を、見てみよう。

山頂の山上ノ丸と、麓に広がる山下ノ丸を組み合わせた城です。高い場所での防御から、麓での政務・居住へ重心が変わる過程を地形で追えます。石垣の積み方や支持の方法にも、時代ごとの工夫が残ります。

A CLOSER LOOK

この城では、ここに注目。

01

山上ノ丸

山頂には天守のあった曲輪が残ります。麓の散策とは異なる登山ですが、山城として選ばれた地形を理解できます。

02

天球丸の巻石垣

天球丸付近には球面状にふくらむ特徴的な石垣があります。壁を支えるための工夫という視点で、普通の石垣との違いを見られます。

03

復元された中ノ御門

中ノ御門では、発掘と伝統技術に基づく復元が進められました。古い遺構と新しく再現された建築を合わせて、正面入口を読み解けます。

THROUGH THE YEARS

歴史年表

  1. 戦国時代

    山城として発展し、秀吉の兵糧攻めを受ける。

  2. 1879

    主要な城内建物が撤去される。

  3. 2021

    中ノ御門表門の復元が完成。

BEFORE YOU GO

訪ねる前の、ひとメモ。

麓の城跡散策と久松山山頂への登山は、別の所要時間で計画してください。山上を目指す場合は登山向きの靴と水を用意し、現地の通行案内に従いましょう。

情報確認:2026年9月27日

出典・参考にした公式情報

営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。