まずは、城の素顔から
この城の基本情報
- 城のかたち
- 山城から平山城へ発展
- 築城・成立
- 16世紀に起源、江戸初期に拡張
- 築城に関わった人物・勢力
- 山名氏、宮部氏、池田氏ら
- 別名・呼び名
- 久松山の城
- いま残るもの
- 石垣・曲輪・天守台、復元された門
THE STORY
歴史をひもとく
鳥取城は戦国時代の山城を起源とし、羽柴秀吉の兵糧攻めの舞台となりました。江戸時代には池田氏が麓の山下ノ丸を拡張し、藩の大きな城へ発展させました。明治に主要な建物は撤去されましたが、石垣は各時代の城づくりを伝えています。近年は正面登城路や門の復元整備が進み、2021年には中ノ御門表門が完成しました。
LAYOUT & ARCHITECTURE
地形と建物を、見てみよう。
山頂の山上ノ丸と、麓に広がる山下ノ丸を組み合わせた城です。高い場所での防御から、麓での政務・居住へ重心が変わる過程を地形で追えます。石垣の積み方や支持の方法にも、時代ごとの工夫が残ります。
A CLOSER LOOK
この城では、ここに注目。
山上ノ丸
山頂には天守のあった曲輪が残ります。麓の散策とは異なる登山ですが、山城として選ばれた地形を理解できます。
天球丸の巻石垣
天球丸付近には球面状にふくらむ特徴的な石垣があります。壁を支えるための工夫という視点で、普通の石垣との違いを見られます。
復元された中ノ御門
中ノ御門では、発掘と伝統技術に基づく復元が進められました。古い遺構と新しく再現された建築を合わせて、正面入口を読み解けます。
THROUGH THE YEARS
歴史年表
- 戦国時代
山城として発展し、秀吉の兵糧攻めを受ける。
- 1879
主要な城内建物が撤去される。
- 2021
中ノ御門表門の復元が完成。
BEFORE YOU GO
訪ねる前の、ひとメモ。
麓の城跡散策と久松山山頂への登山は、別の所要時間で計画してください。山上を目指す場合は登山向きの靴と水を用意し、現地の通行案内に従いましょう。
情報確認:2026年9月27日
出典・参考にした公式情報
営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。



