まずは、城の素顔から
この城の基本情報
- 城のかたち
- 山城
- 築城・成立
- 1295年着工と伝承。1601年以降に近世城郭へ改修
- 築城に関わった人物・勢力
- 吉見氏、坂崎直盛、亀井氏
- 別名・呼び名
- 三本松城
- いま残るもの
- 山上の石垣・曲輪・堀切など。天守は現存しない
THE STORY
歴史をひもとく
津和野城は吉見頼行が1295年に築き始め、その子の頼直の代、1324年に完成したと伝えられます。1601年に領主となった坂崎直盛は、中世の城を石垣を備えた近世城郭へ改修しました。1617年には亀井政矩が入り、亀井氏の支配が明治まで続きます。三重の天守は1686年に落雷で失われ、その後は再建されませんでした。現在の城跡では、建物のない曲輪と石垣が歴代の改修を伝えています。
LAYOUT & ARCHITECTURE
地形と建物を、見てみよう。
標高362メートルの霊亀山を利用し、主郭と北側の出丸を分けた山城です。主郭は山の張り出しに沿って展開し、高い石垣が平場を支えています。麓の城下町や周囲を流れる川と合わせて見ると、防衛と地域支配の両面を持つ立地が分かります。
A CLOSER LOOK
この城では、ここに注目。
山上に残る石垣
本丸周辺では、斜面に沿って築かれた高い石垣が曲輪を支えます。天守は残りませんが、壁の大きさから山頂の建物群が占めた範囲を想像できます。
離れて築かれた出丸
主郭の北側には、織部丸とも呼ばれる出丸があります。坂崎氏による改修で整えられた区画を主郭と見比べると、山の一か所に守りを集中させない配置が分かります。
城下町と川の位置
山上からは、川と町を含めた城の立地を読み取れます。建物の景観だけでなく、川が城山の周囲を回る地形にも目を向けてみましょう。
THROUGH THE YEARS
歴史年表
- 1295
吉見頼行が築城を始めたと伝えられる。
- 1601
坂崎直盛が領主となり、近世城郭への改修を進める。
- 1686
天守が落雷で焼失し、以後再建されない。
BEFORE YOU GO
訪ねる前の、ひとメモ。
観光リフトを利用する場合も、山上の城跡は歩いて巡ります。リフトの運休日や天候による休止と、登山道の通行情報は別に案内されるため、利用する経路を決めてから当日の情報を確認してください。
情報確認:2026年9月27日
出典・参考にした公式情報
営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。



