No. 066中国島根県

津和野城

Tsuwano Castle

城跡・遺構

津和野の町を見下ろす霊亀山に、高い石垣の城跡が広がります。中世に始まった山城が、近世の石の城へ作り替えられた姿を歩いてたどる場所です。

山上に残る津和野城跡の石垣
山上に残る津和野城跡の石垣写真:by Reggaeman · Public domain · 縮小・WebP変換。一覧では枠に合わせて表示。写真は撮影当時の姿です。現在の工事・公開状況は本文と公式案内でご確認ください。

まずは、城の素顔から

この城の基本情報

城のかたち
山城
築城・成立
1295年着工と伝承。1601年以降に近世城郭へ改修
築城に関わった人物・勢力
吉見氏、坂崎直盛、亀井氏
別名・呼び名
三本松城
いま残るもの
山上の石垣・曲輪・堀切など。天守は現存しない

THE STORY

歴史をひもとく

津和野城は吉見頼行が1295年に築き始め、その子の頼直の代、1324年に完成したと伝えられます。1601年に領主となった坂崎直盛は、中世の城を石垣を備えた近世城郭へ改修しました。1617年には亀井政矩が入り、亀井氏の支配が明治まで続きます。三重の天守は1686年に落雷で失われ、その後は再建されませんでした。現在の城跡では、建物のない曲輪と石垣が歴代の改修を伝えています。

LAYOUT & ARCHITECTURE

地形と建物を、見てみよう。

標高362メートルの霊亀山を利用し、主郭と北側の出丸を分けた山城です。主郭は山の張り出しに沿って展開し、高い石垣が平場を支えています。麓の城下町や周囲を流れる川と合わせて見ると、防衛と地域支配の両面を持つ立地が分かります。

A CLOSER LOOK

この城では、ここに注目。

01

山上に残る石垣

本丸周辺では、斜面に沿って築かれた高い石垣が曲輪を支えます。天守は残りませんが、壁の大きさから山頂の建物群が占めた範囲を想像できます。

02

離れて築かれた出丸

主郭の北側には、織部丸とも呼ばれる出丸があります。坂崎氏による改修で整えられた区画を主郭と見比べると、山の一か所に守りを集中させない配置が分かります。

03

城下町と川の位置

山上からは、川と町を含めた城の立地を読み取れます。建物の景観だけでなく、川が城山の周囲を回る地形にも目を向けてみましょう。

THROUGH THE YEARS

歴史年表

  1. 1295

    吉見頼行が築城を始めたと伝えられる。

  2. 1601

    坂崎直盛が領主となり、近世城郭への改修を進める。

  3. 1686

    天守が落雷で焼失し、以後再建されない。

BEFORE YOU GO

訪ねる前の、ひとメモ。

観光リフトを利用する場合も、山上の城跡は歩いて巡ります。リフトの運休日や天候による休止と、登山道の通行情報は別に案内されるため、利用する経路を決めてから当日の情報を確認してください。

情報確認:2026年9月27日

出典・参考にした公式情報

営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。