No. 064中国島根県

松江城

Matsue Castle

現存天守

宍道湖に近い亀田山に、黒い板張りの天守が残ります。城下町と水路に囲まれた国宝の天守では、外観だけでなく内部の木組みや防備にも目を向けたいところです。

黒い板張りが目を引く松江城天守
黒い板張りが目を引く松江城天守写真:663highland · CC BY 2.5 · 縮小・WebP変換。一覧では枠に合わせて表示。写真は撮影当時の姿です。現在の工事・公開状況は本文と公式案内でご確認ください。

まずは、城の素顔から

この城の基本情報

城のかたち
平山城
築城・成立
1607年着工、1611年天守完成
築城に関わった人物・勢力
堀尾氏。のちに京極氏・松平氏
別名・呼び名
千鳥城
いま残るもの
江戸初期の天守、石垣、堀など

THE STORY

歴史をひもとく

堀尾氏は1607年に松江城の築城を始め、1611年に天守が完成しました。月山富田城から城下町を伴う新しい政治拠点へ移る事業でした。その後は京極氏、松平氏が城を治め、天守は近代の撤去を免れて残りました。2012年に再発見された祈祷札は完成年代を明らかにする重要な証拠となり、現在の天守は国宝に指定されています。

LAYOUT & ARCHITECTURE

地形と建物を、見てみよう。

丘の上の本丸に天守を置き、周囲の曲輪、石垣、堀を組み合わせた平山城です。天守は外観四重、内部五階と地下階を備え、大手口からの経路には門や高低差を利用した防御が重なります。内部では、外観の屋根の数と実際の階数が一致しない点も見どころです。

A CLOSER LOOK

この城では、ここに注目。

01

祈祷札が伝える完成年

2012年に見つかった祈祷札には、1611年にあたる年号が記されています。地下の柱に残る釘穴と結び付けて、建物の年代を裏付ける資料となりました。

02

地下の井戸と太い柱

地下には籠城に備えた井戸があり、太い柱が上の階を支えています。展示を見るだけでなく、水や物資を城内で確保する仕組みとして空間を眺められます。

03

大手口から本丸へ

大手口の馬溜りは、門や塀で囲まれていた広い空間です。本丸へ上がる道をたどると、天守だけでは分からない段階的な守りが見えてきます。

THROUGH THE YEARS

歴史年表

  1. 1607

    堀尾氏が築城を開始。

  2. 1611

    祈祷札で裏付けられる天守の完成年。

  3. 2012

    天守に関わる祈祷札が再発見される。

BEFORE YOU GO

訪ねる前の、ひとメモ。

天守内には階段があります。2026年9月時点では、天守の大規模修理は2027年6月から2030年12月までの予定として発表されています。将来の来訪は工事日程と公開範囲を公式案内で確かめてください。

情報確認:2026年9月27日

出典・参考にした公式情報

営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。