No. 045北陸・東海愛知県

岡崎城

Okazaki Castle

復元・再建建物

徳川家康が生まれた城として、三河の歴史を伝える城です。1959年の復興天守だけでなく、周囲の堀や石垣にも目を向けると、かつての城の広がりが見えてきます。

桜の向こうに見える岡崎城の天守
桜の向こうに見える岡崎城の天守写真:Bariston · CC BY-SA 4.0 · 縮小・WebP変換。一覧では枠に合わせて表示。写真は撮影当時の姿です。現在の工事・公開状況は本文と公式案内でご確認ください。

まずは、城の素顔から

この城の基本情報

城のかたち
平山城
築城・成立
15世紀中頃に起源/現天守1959年
築城に関わった人物・勢力
西郷氏、松平氏、田中吉政ら
別名・呼び名
竜城・竜ヶ城
いま残るもの
堀・石垣など、復興天守

THE STORY

歴史をひもとく

城の起源は15世紀の西郷氏の砦にさかのぼります。松平氏の本拠として発展し、1542年には家康が誕生しました。家康が浜松へ移った後も重要な城であり、江戸時代には城下が東海道の宿場として栄えました。明治初めに多くの建物が取り壊され、1959年に市民の願いを受けて天守が再建されました。

LAYOUT & ARCHITECTURE

地形と建物を、見てみよう。

本丸や二の丸などの曲輪を堀で区切る平山城です。戦国期には入口を守る馬出も配置されました。現在の公園の平面と古い区画を比べると、天守以外にも城の構造が残ることが分かります。

A CLOSER LOOK

この城では、ここに注目。

01

家康誕生の地

家康は1542年に岡崎城で生まれました。城内の史跡と展示を合わせて、江戸幕府以前の松平・徳川氏の歩みを追えます。

02

復興天守

現在の三層五階の天守は1959年に復元されました。歴史的な外観を伝えますが、家康が見た建物そのものではありません。

03

堀と曲輪

天守の外では、城の区画をつくった堀や石垣を見られます。入口や道の位置から、中心部を守る工夫を読み取れます。

THROUGH THE YEARS

歴史年表

  1. 1542

    徳川家康が城内で誕生。

  2. 1873–1874

    城の建物の多くが取り壊される。

  3. 1959

    天守の外観を復元。

BEFORE YOU GO

訪ねる前の、ひとメモ。

天守の見学と公園内の史跡散策を組み合わせると、家康の生誕地としてだけでなく、城としての仕組みも楽しめます。施設ごとの開館日は公式案内で確認できます。

情報確認:2026年9月27日

出典・参考にした公式情報

営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。