No. 033北陸・東海富山県

高岡城

Takaoka Castle

城跡・遺構

前田利長の隠居城の跡が、堀を大きく残す高岡古城公園になっています。天守の有無よりも、区画を囲む水面と土橋のつながりに注目したい城です。

緑に包まれた高岡城跡の石垣
緑に包まれた高岡城跡の石垣写真:RESPITE · CC0 · 縮小・WebP変換。一覧では枠に合わせて表示。写真は撮影当時の姿です。現在の工事・公開状況は本文と公式案内でご確認ください。

まずは、城の素顔から

この城の基本情報

城のかたち
水堀と馬出を備える平城跡
築城・成立
1609年
築城に関わった人物・勢力
前田利長
別名・呼び名
—
いま残るもの
堀・土塁・曲輪・石垣など

THE STORY

歴史をひもとく

前田利長は1609年に高岡城を築き、城下町も整えました。利長が1614年に亡くなると、翌1615年の一国一城令で城は廃されます。前田利常のもとで町は商工業の拠点として再編され、城跡の堀や土塁も残されました。近代には保存を求める活動を経て、1875年に公園となりました。

LAYOUT & ARCHITECTURE

地形と建物を、見てみよう。

本丸を囲む複数の馬出と、それらを結ぶ土橋が特徴的です。水堀によって区画を分けながら、必要な箇所だけを連絡しました。建物が失われても、広く残る堀の線から防御の設計そのものを確かめられます。

A CLOSER LOOK

この城では、ここに注目。

01

残された水堀

城が廃された後も堀が大きく埋められず、曲輪の形が保たれました。水面を挟んだ対岸の位置から、区画の大きさを読み取れます。

02

馬出の連なり

本丸の周囲には、入口を守り反撃にも使う馬出の区画が配置されました。土橋でつながる関係が、この城の防御を考えるポイントです。

03

城下から商工の町へ

廃城後も蔵などの用途が続き、高岡は商工業の町へと転じました。短命だった城と、その後も続いた町の歴史を一緒に考えられます。

THROUGH THE YEARS

歴史年表

  1. 1609

    前田利長が築城。

  2. 1615

    一国一城令で廃城。

  3. 1875

    高岡公園に指定。

BEFORE YOU GO

訪ねる前の、ひとメモ。

史跡の保存・景観整備で通行が変わる場合があります。高岡市の最新案内で工事範囲を確認し、公園内の各施設は開館日や料金を個別に確かめてください。

情報確認:2026年9月27日

出典・参考にした公式情報

営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。