No. 046北陸・東海愛知県

長篠城

Nagashino Castle

城跡・遺構

二つの川が合流する断崖を利用した、小さくても守りの強い城です。1575年の籠城戦の舞台に立つと、川そのものが堀になる立地を実感できます。

川に囲まれた長篠城跡の地形
川に囲まれた長篠城跡の地形写真:First version: Aboshi at Japanese Wikipedia Second version: Mocchy at Japanese Wikipedia · CC BY-SA 3.0 · 縮小・WebP変換。一覧では枠に合わせて表示。写真は撮影当時の姿です。現在の工事・公開状況は本文と公式案内でご確認ください。

まずは、城の素顔から

この城の基本情報

城のかたち
川の合流点を利用した平城
築城・成立
1508年
築城に関わった人物・勢力
菅沼元成
別名・呼び名
長篠城跡
いま残るもの
本丸などの曲輪・土塁・内堀の一部

THE STORY

歴史をひもとく

長篠城は1508年に菅沼元成が築きました。今川・徳川・武田の勢力が交わる場所にあり、帰属が変わる重要拠点でした。1575年、奥平貞昌が守る城を武田勝頼の軍が包囲しました。救援に来た織田・徳川軍が設楽原で武田軍を破った戦いと結び付いて知られています。

LAYOUT & ARCHITECTURE

地形と建物を、見てみよう。

合流する川と断崖を背後の防御に取り込み、本丸などの曲輪を配置しました。東側は土塁と堀で補強されています。高い天守や大石垣ではなく、水と崖、土の施設を組み合わせた要害を観察する城跡です。

A CLOSER LOOK

この城では、ここに注目。

01

川が守る背後

豊川と宇連川の合流点が、城の背後を固めています。城跡の地図で川の曲がり方を見ると、自然地形の利用が分かります。

02

土塁と内堀

城の建物は残っていませんが、土塁と内堀の一部が伝わります。自然の川に任せられない側を、人の手で補っていたことが読み取れます。

03

籠城戦を知る

城跡と史跡保存館で、奥平貞昌らが守った城を学べます。長篠城の籠城と、援軍が戦った設楽原の戦場は分けて捉えましょう。

THROUGH THE YEARS

歴史年表

  1. 1508

    菅沼元成が築城。

  2. 1573

    徳川家康が城を奪回。

  3. 1575

    武田軍による籠城戦と設楽原の戦い。

BEFORE YOU GO

訪ねる前の、ひとメモ。

城跡と設楽原の古戦場は同じ地点ではありません。両方を巡る場合は移動を含めて計画し、川や断崖は安全な見学場所から眺めてください。

情報確認:2026年9月27日

出典・参考にした公式情報

営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。