まずは、城の素顔から
この城の基本情報
- 城のかたち
- 前田家の居城跡・現存建築と復元建築
- 築城・成立
- 16世紀に成立/1583年以降に前田氏が整備
- 築城に関わった人物・勢力
- 前田利家と歴代前田氏
- 別名・呼び名
- —
- いま残るもの
- 石川門・三十間長屋・鶴丸倉庫、石垣等。菱櫓等は復元
THE STORY
歴史をひもとく
前田利家が1583年に入り、前田家の拠点として城を整えました。天守は1602年の落雷で焼け、その後は再建されませんでした。御殿や櫓も幾度もの火災と修復を経て、1881年の火災で多くを失います。現存する三つの歴史的建築と、2001年以降の復元施設が、加賀藩の城の姿を伝えています。
LAYOUT & ARCHITECTURE
地形と建物を、見てみよう。
本丸や二の丸などを石垣で区切り、門と櫓で入口や縁を守りました。建築には鉛瓦、白漆喰、海鼠壁が用いられ、金沢城らしい外観をつくります。石垣は一種類ではなく、時代や場所に応じた加工・積み方の違いを残しています。
A CLOSER LOOK
この城では、ここに注目。
残る三つの建築
石川門、三十間長屋、鶴丸倉庫は、火災をくぐり抜けて残る歴史的建築です。外観が似た復元建物と区別すると、それぞれの価値がよく分かります。
菱櫓と五十間長屋
2001年に復元された建築群は、木造の構造を学ぶ場所です。菱形の平面を持つ櫓と長屋のつながりに、特徴的な工夫が見られます。
石垣の違い
築城初期から幕末まで、さまざまな時期の石垣が残ります。石の加工や組合せを見比べると、城の修築を足元からたどれます。
THROUGH THE YEARS
歴史年表
- 1583
前田利家が入城。
- 1602
天守が落雷で焼失。
- 1881
火災で御殿など多数の建物を失う。
- 2001
菱櫓・五十間長屋などを復元。
BEFORE YOU GO
訪ねる前の、ひとメモ。
公園と建物内部では公開時間・料金が異なります。二の丸御殿などの整備工事や公開変更を含め、石川県の金沢城公園公式サイトで最新情報を確認してください。
情報確認:2026年9月27日
出典・参考にした公式情報
営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。



