まずは、城の素顔から
この城の基本情報
- 城のかたち
- 平山城跡
- 築城・成立
- 1597年着工と伝わる/1633年入城
- 築城に関わった人物・勢力
- 南部信直・利直ら
- 別名・呼び名
- 前身は不来方城
- いま残るもの
- 石垣、曲輪、堀など
THE STORY
歴史をひもとく
南部信直が不来方への移転を決め、1597年に利直を中心として築城を始めたと伝わります。北上川と中津川の合流部に近い丘陵が選ばれました。1633年には南部重直が入り、藩の拠点として使われました。1874年に主要建物が取り払われ、1906年には長岡安平の設計による公園が開かれました。
LAYOUT & ARCHITECTURE
地形と建物を、見てみよう。
川の合流点へ張り出す丘に主要曲輪を置き、その外へ武家屋敷や城下の区画を広げました。内側には大規模な石垣を築き、外側には堀と土塁も用いています。野面積みから加工した石の積み方まで、修築による変化を観察できます。
A CLOSER LOOK
この城では、ここに注目。
地元の花崗岩
城の石垣には周辺で採れる花崗岩が使われています。石の形や継ぎ目を見比べると、同じ城内でも施工の違いに気づけます。
重なる曲輪
本丸、二ノ丸、三ノ丸などの区画を、石垣と高低差が分けています。上から下へ視線を移すと、丘陵を城に変えた配置が分かります。
城から公園へ
建物の多くが失われた後、城跡は岩手公園として整備されました。近代の公園の道と、城の土台として残る石垣を重ねて見る楽しみがあります。
THROUGH THE YEARS
歴史年表
- 1597
南部氏が築城に着手したと伝わる。
- 1633
南部重直が入城。
- 1906
岩手公園として開園。
BEFORE YOU GO
訪ねる前の、ひとメモ。
石垣の保存整備に伴う立入り制限があります。見学前に盛岡市の公園案内と工事・危険箇所の地図を確認し、指定された道を利用してください。
情報確認:2026年9月27日
出典・参考にした公式情報
営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。



