No. 006北海道・東北岩手県

盛岡城

Morioka Castle

城跡・遺構

盛岡の中心に、段を重ねる大きな花崗岩の石垣が残っています。南部氏の城を、建物の輪郭ではなく、曲輪の高低差と石の積み方から味わえる場所です。

紅葉した木々に囲まれた盛岡城跡の石垣
紅葉した木々に囲まれた盛岡城跡の石垣写真:663highland · CC BY-SA 4.0 · 縮小・WebP変換。一覧では枠に合わせて表示。写真は撮影当時の姿です。現在の工事・公開状況は本文と公式案内でご確認ください。

まずは、城の素顔から

この城の基本情報

城のかたち
平山城跡
築城・成立
1597年着工と伝わる/1633年入城
築城に関わった人物・勢力
南部信直・利直ら
別名・呼び名
前身は不来方城
いま残るもの
石垣、曲輪、堀など

THE STORY

歴史をひもとく

南部信直が不来方への移転を決め、1597年に利直を中心として築城を始めたと伝わります。北上川と中津川の合流部に近い丘陵が選ばれました。1633年には南部重直が入り、藩の拠点として使われました。1874年に主要建物が取り払われ、1906年には長岡安平の設計による公園が開かれました。

LAYOUT & ARCHITECTURE

地形と建物を、見てみよう。

川の合流点へ張り出す丘に主要曲輪を置き、その外へ武家屋敷や城下の区画を広げました。内側には大規模な石垣を築き、外側には堀と土塁も用いています。野面積みから加工した石の積み方まで、修築による変化を観察できます。

A CLOSER LOOK

この城では、ここに注目。

01

地元の花崗岩

城の石垣には周辺で採れる花崗岩が使われています。石の形や継ぎ目を見比べると、同じ城内でも施工の違いに気づけます。

02

重なる曲輪

本丸、二ノ丸、三ノ丸などの区画を、石垣と高低差が分けています。上から下へ視線を移すと、丘陵を城に変えた配置が分かります。

03

城から公園へ

建物の多くが失われた後、城跡は岩手公園として整備されました。近代の公園の道と、城の土台として残る石垣を重ねて見る楽しみがあります。

THROUGH THE YEARS

歴史年表

  1. 1597

    南部氏が築城に着手したと伝わる。

  2. 1633

    南部重直が入城。

  3. 1906

    岩手公園として開園。

BEFORE YOU GO

訪ねる前の、ひとメモ。

石垣の保存整備に伴う立入り制限があります。見学前に盛岡市の公園案内と工事・危険箇所の地図を確認し、指定された道を利用してください。

情報確認:2026年9月27日

出典・参考にした公式情報

営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。