No. 007北海道・東北宮城県

多賀城

Taga Castle

城跡・遺構

奈良時代から東北の行政と軍事を担った、古代の役所の跡です。政庁跡の建物配置と復元南門を見ると、武士の城とは異なる「城」の姿に出会えます。

多賀城の政庁跡に広がる草地と基壇
多賀城の政庁跡に広がる草地と基壇写真:Kumamushi · CC BY-SA 3.0 · 縮小・WebP変換。一覧では枠に合わせて表示。写真は撮影当時の姿です。現在の工事・公開状況は本文と公式案内でご確認ください。

まずは、城の素顔から

この城の基本情報

城のかたち
古代城柵・国府跡
築城・成立
724年
築城に関わった人物・勢力
大野東人/律令政府
別名・呼び名
—
いま残るもの
政庁などの遺構、多賀城碑。南門は復元

THE STORY

歴史をひもとく

多賀城は724年、大野東人によって設けられたと碑文が伝え、発掘成果もその年代を裏付けます。陸奥国府が置かれ、奈良時代には鎮守府の機能も担いました。802年に鎮守府が胆沢城へ移った後も、国府として続きます。災害や改修を経た政庁の変化が調査され、今日の史跡整備につながっています。

LAYOUT & ARCHITECTURE

地形と建物を、見てみよう。

広い外郭の中に政庁と実務の役所を配置した官衙です。正殿と脇殿などを整然と配し、築地塀で区画した姿には、都の宮殿や古代寺院と通じる構成があります。天守を頂点にした近世城郭とは、役割も設計も異なります。

A CLOSER LOOK

この城では、ここに注目。

01

政庁跡

中央の正殿を取り囲むように建物が配置され、儀式や政治の場を構成していました。発掘で分かった配置を、現地の表示と照らし合わせてみましょう。

02

多賀城碑

碑文には724年の創建や762年の修造が記されています。地中の遺構と文字史料を組み合わせ、古代の歴史を確かめられる貴重な資料です。

03

復元南門

南門と築地塀は、調査に基づいて古代の入口を再現したものです。2025年の公開により、城の規模と正面の構えを体感しやすくなりました。

THROUGH THE YEARS

歴史年表

  1. 724

    多賀城を創建。

  2. 802

    鎮守府が胆沢城へ移転。

  3. 2025

    復元南門を一般公開。

BEFORE YOU GO

訪ねる前の、ひとメモ。

政庁跡、南門、多賀城碑の公開方法は施設ごとに確認してください。現地案内や催しの最新情報は多賀城市公式サイトで確認できます。

情報確認:2026年9月27日

出典・参考にした公式情報

営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。