No. 048北陸・東海三重県

松阪城

Matsusaka Castle

城跡・遺構

建物のない丘を歩くと、石垣だけで城の大きさが伝わってきます。松阪市では「松坂城跡」と表記され、蒲生氏郷の城づくりを知る史跡になっています。

松坂城跡の高い石垣と石段
松坂城跡の高い石垣と石段写真:投稿者が撮影 · CC BY 3.0 · 縮小・WebP変換。一覧では枠に合わせて表示。写真は撮影当時の姿です。現在の工事・公開状況は本文と公式案内でご確認ください。

まずは、城の素顔から

この城の基本情報

城のかたち
平山城
築城・成立
1588年
築城に関わった人物・勢力
蒲生氏郷、のち古田氏ら
別名・呼び名
松坂城(松阪市での史跡表記)
いま残るもの
高石垣・天守台・曲輪・門跡

THE STORY

歴史をひもとく

蒲生氏郷が1588年に築いた平山城です。1590年に氏郷が会津へ移った後、服部氏や古田氏が城主となって整備を重ねました。1619年からは紀州藩領の統治拠点として使われました。天守は1644年の大風で倒れたと記録され、現在は当時の建物を残さず、石垣を中心に城の構えが伝わります。

LAYOUT & ARCHITECTURE

地形と建物を、見てみよう。

丘を切り分け、本丸の周囲に曲輪を配した構成です。主要部分は高石垣で固め、外側には土居と水堀を巡らせていました。本丸上段の天守台と櫓跡を見れば、建物を連ねて守った城の輪郭を想像できます。

A CLOSER LOOK

この城では、ここに注目。

01

何度も曲がる道

本丸へ進む道は、石垣の間で向きを変えます。現在は散策路ですが、城の中心に容易に入れないよう工夫された配置です。

02

天守台

かつて天守のあった高台には、石垣が残ります。建物がないことで、天守を支えた基礎や周囲の曲輪との位置関係を見やすくなっています。

03

石垣の城

本丸、二の丸、きたい丸などの区画を石垣が分けています。高低差と角を見比べると、同じ石の城にも場所ごとの表情があります。

THROUGH THE YEARS

歴史年表

  1. 1588

    蒲生氏郷が築城。

  2. 1619

    紀州藩領の統治拠点となる。

  3. 1644

    大風で天守が倒壊したと記録される。

BEFORE YOU GO

訪ねる前の、ひとメモ。

石垣の縁や段差に注意して、指定された道を歩いてください。天守の建物はないため、案内図と天守台・櫓跡を照らし合わせる散策がおすすめです。

情報確認:2026年9月27日

出典・参考にした公式情報

営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。