No. 049近畿滋賀県

小谷城

Odani Castle

城跡・遺構

浅井氏三代が本拠にした、尾根に広がる山城です。木々の間の石垣や平場をたどると、建物がなくても城の区画を感じ取れます。

小谷城跡の木立の中に残る石積み
小谷城跡の木立の中に残る石積み写真:shikabane taro · CC BY 3.0 · 縮小・WebP変換。一覧では枠に合わせて表示。写真は撮影当時の姿です。現在の工事・公開状況は本文と公式案内でご確認ください。

まずは、城の素顔から

この城の基本情報

城のかたち
山城
築城・成立
1525年ごろ
築城に関わった人物・勢力
浅井亮政と浅井氏
別名・呼び名
小谷城跡
いま残るもの
曲輪・石垣・堀・建物礎石など

THE STORY

歴史をひもとく

小谷城は16世紀前半に浅井氏の拠点として成立した山城です。浅井亮政、久政、長政の三代がここを居城としました。織田信長との戦いで浅井氏が滅ぶと、城は羽柴秀吉に与えられました。秀吉が今浜、後の長浜へ拠点を移したため、小谷城は役割を終えました。

LAYOUT & ARCHITECTURE

地形と建物を、見てみよう。

山の尾根に曲輪を連ね、石垣や堀で区画した中世の山城です。平地に整然と堀を巡らせた城と異なり、自然の起伏がそのまま城の形を決めています。複数の曲輪を歩いて初めて規模が分かるため、城跡全体が観察対象になります。

A CLOSER LOOK

この城では、ここに注目。

01

本丸と大広間跡

本丸や大広間跡では、建物が置かれた平場を見られます。山全体をただの展望地として歩かず、居住や政務の場所を探せます。

02

尾根の曲輪

東西の尾根に沿って曲輪が配置されました。曲輪の間を移動すると、山の地形が城の骨組みになっていることが分かります。

03

残る石垣と堀

本丸や山王丸などには石垣が残り、山腹には堀の跡もあります。石の施設と土の防御を合わせて読むのが、この城跡の楽しみです。

THROUGH THE YEARS

歴史年表

  1. 1525年ごろ

    浅井氏の山城として成立。

  2. 16世紀

    浅井氏三代が居城とする。

  3. 16世紀後半

    浅井氏滅亡後、秀吉が長浜へ移り廃城となる。

BEFORE YOU GO

訪ねる前の、ひとメモ。

小谷山の登山を伴う城跡です。目指す曲輪までの距離を案内図で決め、登山に適した靴と水を用意して歩いてください。

情報確認:2026年9月27日

出典・参考にした公式情報

営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。