No. 009北海道・東北秋田県

久保田城

Kubota Castle

城跡・遺構

佐竹氏の城跡は、今の千秋公園に広がっています。石垣や天守を主役にせず、堀と土塁で守った城のつくりを、木立の間で探してみましょう。

木々の間に立つ久保田城の表門
木々の間に立つ久保田城の表門写真:kamoseiro · CC BY-SA 3.0 · 縮小・WebP変換。一覧では枠に合わせて表示。写真は撮影当時の姿です。現在の工事・公開状況は本文と公式案内でご確認ください。

まずは、城の素顔から

この城の基本情報

城のかたち
土塁と堀を主体とする平山城跡
築城・成立
1603年着工、1631年頃完成
築城に関わった人物・勢力
佐竹義宣
別名・呼び名
—
いま残るもの
御物頭御番所、堀・土塁。御隅櫓は復原

THE STORY

歴史をひもとく

佐竹義宣は1602年に出羽へ移され、1603年から久保田で築城を進めました。翌1604年に入城した後も工事が続き、1631年頃の完成とされています。城は佐竹氏の藩政と城下町の中心になりました。現在は千秋公園として整備され、遺構と現存建築、復原建物がそれぞれの時代を伝えます。

LAYOUT & ARCHITECTURE

地形と建物を、見てみよう。

神明山の丘に複数の曲輪を設け、堀と土塁を巡らせた平山城です。天守は初めから建てられず、見張りなどは櫓が担いました。現在の御隅櫓の展望部分を、そのまま江戸時代の姿と見なさないことも大切です。

A CLOSER LOOK

この城では、ここに注目。

01

堀と土塁

久保田城では石垣をほとんど用いず、土の高まりと堀が守りを担いました。曲輪の縁に注目すると、緑の公園の中に城の線が見えてきます。

02

御物頭御番所

藩政時代から城内に残る建物で、門の管理や警備を担当した役人の詰所でした。大きな櫓とは違う、城の日常業務を伝える存在です。

03

御隅櫓

現在の御隅櫓は、史料を参考に復原され、展望部分を加えた建物です。天守ではなく、もともとの見張り・武器庫に関わる櫓として理解しましょう。

THROUGH THE YEARS

歴史年表

  1. 1603

    築城を開始。

  2. 1604

    佐竹義宣が入城。

  3. 1631頃

    城普請が完成したとされる。

BEFORE YOU GO

訪ねる前の、ひとメモ。

御隅櫓などの展示施設は、公園とは開館日や時間が異なります。秋田市の最新案内で休館・料金を確認してから訪れてください。

情報確認:2026年9月27日

出典・参考にした公式情報

営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。