まずは、城の素顔から
この城の基本情報
- 城のかたち
- 土塁と堀を主体とする平山城跡
- 築城・成立
- 1603年着工、1631年頃完成
- 築城に関わった人物・勢力
- 佐竹義宣
- 別名・呼び名
- —
- いま残るもの
- 御物頭御番所、堀・土塁。御隅櫓は復原
THE STORY
歴史をひもとく
佐竹義宣は1602年に出羽へ移され、1603年から久保田で築城を進めました。翌1604年に入城した後も工事が続き、1631年頃の完成とされています。城は佐竹氏の藩政と城下町の中心になりました。現在は千秋公園として整備され、遺構と現存建築、復原建物がそれぞれの時代を伝えます。
LAYOUT & ARCHITECTURE
地形と建物を、見てみよう。
神明山の丘に複数の曲輪を設け、堀と土塁を巡らせた平山城です。天守は初めから建てられず、見張りなどは櫓が担いました。現在の御隅櫓の展望部分を、そのまま江戸時代の姿と見なさないことも大切です。
A CLOSER LOOK
この城では、ここに注目。
堀と土塁
久保田城では石垣をほとんど用いず、土の高まりと堀が守りを担いました。曲輪の縁に注目すると、緑の公園の中に城の線が見えてきます。
御物頭御番所
藩政時代から城内に残る建物で、門の管理や警備を担当した役人の詰所でした。大きな櫓とは違う、城の日常業務を伝える存在です。
御隅櫓
現在の御隅櫓は、史料を参考に復原され、展望部分を加えた建物です。天守ではなく、もともとの見張り・武器庫に関わる櫓として理解しましょう。
THROUGH THE YEARS
歴史年表
- 1603
築城を開始。
- 1604
佐竹義宣が入城。
- 1631頃
城普請が完成したとされる。
BEFORE YOU GO
訪ねる前の、ひとメモ。
御隅櫓などの展示施設は、公園とは開館日や時間が異なります。秋田市の最新案内で休館・料金を確認してから訪れてください。
情報確認:2026年9月27日
出典・参考にした公式情報
営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。



