No. 072中国広島県

郡山城

Koriyama Castle

城跡・遺構

毛利元就が拠点とした、山全体に広がる城跡です。尾根を歩くと、平らに削られた曲輪が次々に現れます。

郡山城跡の木立に囲まれた曲輪
郡山城跡の木立に囲まれた曲輪写真:1467jp · Public domain · 縮小・WebP変換。一覧では枠に合わせて表示。写真は撮影当時の姿です。現在の工事・公開状況は本文と公式案内でご確認ください。

まずは、城の素顔から

この城の基本情報

城のかたち
中世の山城
築城・成立
中世に成立し、16世紀に大きく拡張
築城に関わった人物・勢力
毛利氏、特に毛利元就
別名・呼び名
吉田郡山城
いま残るもの
曲輪・道・本丸や櫓台の跡

THE STORY

歴史をひもとく

郡山城は、南北朝時代に吉田庄へ定着した毛利氏が、勢力を広げる過程で拠点として育てた山城です。元就は1523年に家督を継ぎ、この城へ入りました。毛利氏の成長とともに城は拡張され、山頂から尾根へ多数の曲輪が広がりました。元就は後に山頂部へ居所を移し、そこで政務を執りました。建物は残りませんが、地形と遺構によって大規模な山城の姿をたどれます。

LAYOUT & ARCHITECTURE

地形と建物を、見てみよう。

山頂を中心に尾根へ曲輪が枝分かれする配置で、山全体を防御に取り込んでいます。平坦に削った場所と、その間の斜面や道を対比すると、城の広がりが見えてきます。現代の復元天守を置かず、地形の中に残る城郭を観察する場所です。

A CLOSER LOOK

この城では、ここに注目。

01

山頂の本丸

標高約390メートルの山頂に、本丸と櫓台が残ります。建物がないため、平地の広さと周囲との高低差を観察できます。

02

尾根をつなぐ曲輪

多くの曲輪や道が、枝分かれする尾根と谷を結んでいました。一つの本丸だけでなく、山全体が城だったことを示しています。

03

元就の居所

元就は後に山頂部へ移り、ここで政務を行いました。居住と政治の場も山上へ移った点が、中世城郭を考える手がかりです。

THROUGH THE YEARS

歴史年表

  1. 中世

    毛利氏の城として発達。

  2. 1523年

    毛利元就が家督を継いで入城。

  3. 16世紀

    毛利氏の勢力拡大に伴い城域が拡張。

BEFORE YOU GO

訪ねる前の、ひとメモ。

本丸までは山道です。博物館の案内図で行程を選び、歩きやすい靴で向かいましょう。

情報確認:2026年9月27日

出典・参考にした公式情報

営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。