まずは、城の素顔から
この城の基本情報
- 城のかたち
- 河口三角州に築いた平城
- 築城・成立
- 1589年着工/現在の天守は1958年再建
- 築城に関わった人物・勢力
- 毛利輝元
- 別名・呼び名
- 鯉城
- いま残るもの
- 石垣・堀など。天守・二の丸建物は戦後の復元
THE STORY
歴史をひもとく
毛利輝元は1589年に築城を始め、新たな城下町をつくりました。その後も領主の交代を経て、広島の政治的な中心であり続けました。1945年の原爆で木造天守などが倒壊しました。現在の天守は1958年に外観を復元した建物で、戦後の復興の歩みも伝えます。二の丸の建物も後に復元されましたが、天守内部は2026年3月で公開を終了しました。
LAYOUT & ARCHITECTURE
地形と建物を、見てみよう。
山ではなく三角州の平地を選び、堀と石垣で城域を区切りました。本丸の天守と、入口を守る二の丸を、水面を挟んで一緒に眺められます。二の丸の門や櫓は、城へ入る動線を守る施設として位置づけられていました。
A CLOSER LOOK
この城では、ここに注目。
復興を伝える天守
現在の天守は、1958年に外観を復元した建物です。現存天守ではなく、戦災後に城の姿を取り戻した建物として見ることができます。
二の丸の復元建物
表御門や櫓を通して、城の入口を守る構えを眺められます。天守とは別の建物群なので、公開範囲も個別に確認しましょう。
堀と石垣
水面に沿って歩くと、平城の広がりが見えてきます。高低差よりも、水と石垣で境界をつくる城のあり方が分かります。
THROUGH THE YEARS
歴史年表
- 1589年
毛利輝元が築城を開始。
- 1945年
原爆で木造天守が倒壊。
- 1958年
現在の天守を外観復元。
- 2026年3月
天守内部の一般公開を終了。
BEFORE YOU GO
訪ねる前の、ひとメモ。
2026年3月から天守内部は閉鎖中です。外観は鑑賞でき、二の丸などの公開状況は公式サイトで確認できます。
情報確認:2026年9月27日
出典・参考にした公式情報
営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。



