No. 073中国広島県

広島城

Hiroshima Castle

復元・再建建物

太田川の河口に広がる土地に、毛利輝元が築いた城です。堀越しの天守と二の丸から、城下町の出発点をたどれます。

広島城の天守と手前の建物跡
広島城の天守と手前の建物跡写真:by Reggaeman · CC BY-SA 3.0 · 縮小・WebP変換。一覧では枠に合わせて表示。写真は撮影当時の姿です。現在の工事・公開状況は本文と公式案内でご確認ください。

まずは、城の素顔から

この城の基本情報

城のかたち
河口三角州に築いた平城
築城・成立
1589年着工/現在の天守は1958年再建
築城に関わった人物・勢力
毛利輝元
別名・呼び名
鯉城
いま残るもの
石垣・堀など。天守・二の丸建物は戦後の復元

THE STORY

歴史をひもとく

毛利輝元は1589年に築城を始め、新たな城下町をつくりました。その後も領主の交代を経て、広島の政治的な中心であり続けました。1945年の原爆で木造天守などが倒壊しました。現在の天守は1958年に外観を復元した建物で、戦後の復興の歩みも伝えます。二の丸の建物も後に復元されましたが、天守内部は2026年3月で公開を終了しました。

LAYOUT & ARCHITECTURE

地形と建物を、見てみよう。

山ではなく三角州の平地を選び、堀と石垣で城域を区切りました。本丸の天守と、入口を守る二の丸を、水面を挟んで一緒に眺められます。二の丸の門や櫓は、城へ入る動線を守る施設として位置づけられていました。

A CLOSER LOOK

この城では、ここに注目。

01

復興を伝える天守

現在の天守は、1958年に外観を復元した建物です。現存天守ではなく、戦災後に城の姿を取り戻した建物として見ることができます。

02

二の丸の復元建物

表御門や櫓を通して、城の入口を守る構えを眺められます。天守とは別の建物群なので、公開範囲も個別に確認しましょう。

03

堀と石垣

水面に沿って歩くと、平城の広がりが見えてきます。高低差よりも、水と石垣で境界をつくる城のあり方が分かります。

THROUGH THE YEARS

歴史年表

  1. 1589年

    毛利輝元が築城を開始。

  2. 1945年

    原爆で木造天守が倒壊。

  3. 1958年

    現在の天守を外観復元。

  4. 2026年3月

    天守内部の一般公開を終了。

BEFORE YOU GO

訪ねる前の、ひとメモ。

2026年3月から天守内部は閉鎖中です。外観は鑑賞でき、二の丸などの公開状況は公式サイトで確認できます。

情報確認:2026年9月27日

出典・参考にした公式情報

営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。