No. 042北陸・東海静岡県

掛川城

Kakegawa Castle

復元・再建建物

木造で復元された天守と、江戸時代から残る御殿を見比べられる城です。高い天守を眺めた後は、畳の部屋が連なる御殿で城の仕事と暮らしに触れられます。

丘の上に立つ掛川城の木造復元天守
丘の上に立つ掛川城の木造復元天守写真:ShizuokaSensei at English Wikipedia · CC BY-SA 3.0 · 縮小・WebP変換。一覧では枠に合わせて表示。写真は撮影当時の姿です。現在の工事・公開状況は本文と公式案内でご確認ください。

まずは、城の素顔から

この城の基本情報

城のかたち
平山城
築城・成立
16世紀初めごろ/現天守1994年、現御殿1861年
築城に関わった人物・勢力
朝比奈氏、山内一豊ら
別名・呼び名
雲霧城・松尾城
いま残るもの
現存御殿・太鼓櫓など、木造復元天守

THE STORY

歴史をひもとく

掛川城は戦国時代、今川氏の勢力下で築かれ、その後山内一豊らが治めました。1854年の地震で天守や御殿が大きな被害を受けました。御殿は1861年までに再建され、幕末まで藩の施設として使われました。天守は失われたまま近代を迎え、1994年に木造で復元されています。

LAYOUT & ARCHITECTURE

地形と建物を、見てみよう。

丘上の天守と、その下の二の丸御殿に役割が分かれています。御殿は七棟を組み合わせ、公式対面、居住、政務のための部屋を配した建物です。戦うための高い建物と、藩を運営する低く広い建物の違いが見られます。

A CLOSER LOOK

この城では、ここに注目。

01

木造復元天守

現在の天守は1994年に木造で復元されました。歴史的な姿を学ぶ建物ですが、江戸時代から残る現存天守とは区別されます。

02

現存する御殿

1861年に再建された御殿が残ります。儀式、役所、城主の住まいという複数の役割を、部屋の配置から考えられます。

03

襖でつながる部屋

御殿では畳敷きの部屋を襖で区切る書院造りが見られます。建物の大きさだけでなく、誰がどこに入ったのかにも注目できます。

THROUGH THE YEARS

歴史年表

  1. 1854

    安政の地震で天守・御殿が被災。

  2. 1861

    現在に残る御殿が完成。

  3. 1994

    天守を木造で復元。

BEFORE YOU GO

訪ねる前の、ひとメモ。

天守と御殿は別の建物です。階段で登る天守だけでなく、御殿を巡る時間も取ると、城の役割を立体的に理解できます。

情報確認:2026年9月27日

出典・参考にした公式情報

営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。