まずは、城の素顔から
この城の基本情報
- 城のかたち
- 平山城
- 築城・成立
- 16世紀初めごろ/現天守1994年、現御殿1861年
- 築城に関わった人物・勢力
- 朝比奈氏、山内一豊ら
- 別名・呼び名
- 雲霧城・松尾城
- いま残るもの
- 現存御殿・太鼓櫓など、木造復元天守
THE STORY
歴史をひもとく
掛川城は戦国時代、今川氏の勢力下で築かれ、その後山内一豊らが治めました。1854年の地震で天守や御殿が大きな被害を受けました。御殿は1861年までに再建され、幕末まで藩の施設として使われました。天守は失われたまま近代を迎え、1994年に木造で復元されています。
LAYOUT & ARCHITECTURE
地形と建物を、見てみよう。
丘上の天守と、その下の二の丸御殿に役割が分かれています。御殿は七棟を組み合わせ、公式対面、居住、政務のための部屋を配した建物です。戦うための高い建物と、藩を運営する低く広い建物の違いが見られます。
A CLOSER LOOK
この城では、ここに注目。
木造復元天守
現在の天守は1994年に木造で復元されました。歴史的な姿を学ぶ建物ですが、江戸時代から残る現存天守とは区別されます。
現存する御殿
1861年に再建された御殿が残ります。儀式、役所、城主の住まいという複数の役割を、部屋の配置から考えられます。
襖でつながる部屋
御殿では畳敷きの部屋を襖で区切る書院造りが見られます。建物の大きさだけでなく、誰がどこに入ったのかにも注目できます。
THROUGH THE YEARS
歴史年表
- 1854
安政の地震で天守・御殿が被災。
- 1861
現在に残る御殿が完成。
- 1994
天守を木造で復元。
BEFORE YOU GO
訪ねる前の、ひとメモ。
天守と御殿は別の建物です。階段で登る天守だけでなく、御殿を巡る時間も取ると、城の役割を立体的に理解できます。
情報確認:2026年9月27日
出典・参考にした公式情報
営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。



