No. 043北陸・東海愛知県

犬山城

Inuyama Castle

現存天守

木曽川に背を向けた崖の上に、木造の天守が残ります。外の眺めだけでなく、石垣の中の入口から梁の見える階へと登る過程そのものが見どころです。

桜に縁取られた犬山城の天守
桜に縁取られた犬山城の天守写真:ThorstenS · CC BY-SA 3.0 · 縮小・WebP変換。一覧では枠に合わせて表示。写真は撮影当時の姿です。現在の工事・公開状況は本文と公式案内でご確認ください。

まずは、城の素顔から

この城の基本情報

城のかたち
平山城
築城・成立
1537年築城と伝承、天守は後世に改良
築城に関わった人物・勢力
織田信康、成瀬氏ら
別名・呼び名
白帝城
いま残るもの
国宝の木造天守、石垣・空堀

THE STORY

歴史をひもとく

犬山城は1537年、織田信康が築いたと伝えられています。戦国時代には木曽川の交通と周辺の街道を押さえる拠点でした。1617年に成瀬正成が城主となり、そのころの改良を経て現在の姿が整ったとされます。明治に天守以外の多くの建物を失い、1891年の地震による被害も修復しながら保存されてきました。

LAYOUT & ARCHITECTURE

地形と建物を、見てみよう。

木曽川南岸の丘に本丸を置き、その南側に曲輪を段状に連ねた構えでした。天守は三重四階、地下二階を持つ望楼型です。川側の天然の防御と、陸側の石垣・空堀を組み合わせています。

A CLOSER LOOK

この城では、ここに注目。

01

木曽川と崖

城の背後は木曽川と崖に守られています。城がどの方向から近づきやすく、どちらを自然に任せたのかを地形から読めます。

02

天守の木組み

天守内部では太い梁や柱、階段を身近に見られます。地下を含む階構成をたどると、外から見た印象以上に複雑な建物だと分かります。

03

望楼と屋根の表情

上部の望楼と、入母屋破風・唐破風を備えた屋根が姿をつくります。見る角度を変えると、屋根の重なりや突出した部分が分かります。

THROUGH THE YEARS

歴史年表

  1. 1537(伝承)

    織田信康による築城と伝わる。

  2. 1617

    成瀬正成が城主となる。

  3. 1891

    濃尾地震で被災し、その後修復される。

BEFORE YOU GO

訪ねる前の、ひとメモ。

天守は土足禁止で、狭く急な階段があります。大きな荷物は持ち込めないため、身軽に見学する準備をしてください。

情報確認:2026年9月27日

出典・参考にした公式情報

営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。