まずは、城の素顔から
この城の基本情報
- 城のかたち
- 平山城
- 築城・成立
- 1537年築城と伝承、天守は後世に改良
- 築城に関わった人物・勢力
- 織田信康、成瀬氏ら
- 別名・呼び名
- 白帝城
- いま残るもの
- 国宝の木造天守、石垣・空堀
THE STORY
歴史をひもとく
犬山城は1537年、織田信康が築いたと伝えられています。戦国時代には木曽川の交通と周辺の街道を押さえる拠点でした。1617年に成瀬正成が城主となり、そのころの改良を経て現在の姿が整ったとされます。明治に天守以外の多くの建物を失い、1891年の地震による被害も修復しながら保存されてきました。
LAYOUT & ARCHITECTURE
地形と建物を、見てみよう。
木曽川南岸の丘に本丸を置き、その南側に曲輪を段状に連ねた構えでした。天守は三重四階、地下二階を持つ望楼型です。川側の天然の防御と、陸側の石垣・空堀を組み合わせています。
A CLOSER LOOK
この城では、ここに注目。
木曽川と崖
城の背後は木曽川と崖に守られています。城がどの方向から近づきやすく、どちらを自然に任せたのかを地形から読めます。
天守の木組み
天守内部では太い梁や柱、階段を身近に見られます。地下を含む階構成をたどると、外から見た印象以上に複雑な建物だと分かります。
望楼と屋根の表情
上部の望楼と、入母屋破風・唐破風を備えた屋根が姿をつくります。見る角度を変えると、屋根の重なりや突出した部分が分かります。
THROUGH THE YEARS
歴史年表
- 1537(伝承)
織田信康による築城と伝わる。
- 1617
成瀬正成が城主となる。
- 1891
濃尾地震で被災し、その後修復される。
BEFORE YOU GO
訪ねる前の、ひとメモ。
天守は土足禁止で、狭く急な階段があります。大きな荷物は持ち込めないため、身軽に見学する準備をしてください。
情報確認:2026年9月27日
出典・参考にした公式情報
営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。



