No. 074中国山口県

岩国城

Iwakuni Castle

復元・再建建物

錦川を見下ろす山上に立つ岩国城。現在の天守と旧天守台を訪ねると、再建と遺構の違いがわかります。

山の上に立つ岩国城の再建天守
山の上に立つ岩国城の再建天守写真:Jakub Hałun · CC BY-SA 4.0 · 縮小・WebP変換。一覧では枠に合わせて表示。写真は撮影当時の姿です。現在の工事・公開状況は本文と公式案内でご確認ください。

まずは、城の素顔から

この城の基本情報

城のかたち
錦川を外堀とした山城
築城・成立
1608年完成/現在の天守は1962年再建
築城に関わった人物・勢力
吉川広家
別名・呼び名
—
いま残るもの
旧天守台・石垣など。現在の天守は旧位置と異なる

THE STORY

歴史をひもとく

吉川広家が山上に城を築き、1608年に完成しました。しかし一国一城令を受け、1615年に取り壊されました。現地には天守台などの遺構が残されました。1962年には、旧天守台から約50メートル離れた場所に天守が再建されました。現在は展示と展望の場として、城と城下の歴史を伝えています。

LAYOUT & ARCHITECTURE

地形と建物を、見てみよう。

標高約200メートルの山上で尾根を使い、麓の錦川を天然の外堀としました。天守は上階が下階より張り出す、南蛮造と呼ばれる特徴的な姿で知られます。現在の天守と旧天守台は位置が異なるため、両者を結びつけて見ると復元と遺構を区別できます。

A CLOSER LOOK

この城では、ここに注目。

01

山上の天守

1962年に再建された天守から、市街地や瀬戸内海を望めます。上階が張り出す外観にも注目すると、この城の個性が分かります。

02

旧天守台

もとの天守台は、現在の天守とは別の位置に残っています。同じ山上でも建物の場所が移ったことを、現地で確かめられます。

03

錦川の守り

山の下を流れる錦川が、天然の外堀として働いていました。城から麓を見下ろすと、山と川を組み合わせた立地が理解できます。

THROUGH THE YEARS

歴史年表

  1. 1608年

    吉川広家の岩国城が完成。

  2. 1615年

    一国一城令を受けて取り壊し。

  3. 1962年

    旧位置と異なる場所に天守を再建。

BEFORE YOU GO

訪ねる前の、ひとメモ。

山上の城なので、登城手段と天候を事前に確認しましょう。館内の公開案内は公式サイトへ。

情報確認:2026年9月27日

出典・参考にした公式情報

営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。