No. 075中国山口県

萩城

Hagi Castle

城跡・遺構

指月山の麓に広がる、毛利氏の城跡です。天守を失った今も、堀と石垣が城の輪郭を伝えています。

萩城跡の堀と石垣、背後の指月山
萩城跡の堀と石垣、背後の指月山写真:by Reggaeman · CC BY-SA 3.0 · 縮小・WebP変換。一覧では枠に合わせて表示。写真は撮影当時の姿です。現在の工事・公開状況は本文と公式案内でご確認ください。

まずは、城の素顔から

この城の基本情報

城のかたち
山頂と山麓を組み合わせた平山城
築城・成立
1604年着工、1608年完成
築城に関わった人物・勢力
毛利輝元
別名・呼び名
指月城
いま残るもの
天守台・石垣・堀・詰丸の遺構

THE STORY

歴史をひもとく

関ヶ原の戦い後、領地を縮小された毛利輝元が新たな居城として築きました。1604年に着工し、城下町の整備と並行して1608年に完成しました。1863年に藩庁が山口へ移るまで、毛利氏の政治的な中心でした。天守や門、櫓は1874年に解体されました。現在は指月公園として保存され、堀と石垣から当時の規模をたどれます。阿武川河口の三角州を選び、水上交通も築城や城下の暮らしを支えました。

LAYOUT & ARCHITECTURE

地形と建物を、見てみよう。

海へ突き出す指月山を背に、麓へ本丸・二の丸・三の丸を配置しました。山頂の詰丸は、海と陸を監視する防御拠点でした。山麓では複数の水堀を使い、城主の御殿や家臣の居住地を区切っていました。

A CLOSER LOOK

この城では、ここに注目。

01

天守台

かつて五層の天守を支えた石垣が残ります。上に向かって勾配が強くなる石垣の曲線も見どころです。

02

山麓と山頂の城

山麓の本丸などと、山頂の詰丸を組み合わせた構えでした。海と山、平地のそれぞれに異なる役割があったことが分かります。

03

指月公園

城跡は公園として整備され、春は桜も楽しめます。桜の季節以外も、石垣や堀に沿う散策で城の形を追えます。

THROUGH THE YEARS

歴史年表

  1. 1604〜1608年

    毛利輝元が萩城を築く。

  2. 1863年

    藩庁が山口へ移る。

  3. 1874年

    天守などの城郭建物を解体。

BEFORE YOU GO

訪ねる前の、ひとメモ。

山麓の散策と山頂への登山では負担が異なります。天候と体力に合わせて見学範囲を選びましょう。

情報確認:2026年9月27日

出典・参考にした公式情報

営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。