No. 037北陸・東海福井県

一乗谷城

Ichijodani Castle

城跡・遺構

谷に広がる城下町と、背後の山城を合わせて見る中世の城です。朝倉氏の館跡や庭園、復原町並をたどると、武士だけでなく町に暮らした人々にも目が向きます。

一乗谷朝倉氏遺跡の堀と土塁
一乗谷朝倉氏遺跡の堀と土塁写真:663highland · CC BY 2.5 · 縮小・WebP変換。一覧では枠に合わせて表示。写真は撮影当時の姿です。現在の工事・公開状況は本文と公式案内でご確認ください。

まずは、城の素顔から

この城の基本情報

城のかたち
山城・山麓居館・城下町
築城・成立
15世紀後半に朝倉氏の本拠として発展
築城に関わった人物・勢力
朝倉孝景と歴代朝倉氏
別名・呼び名
一乗谷朝倉氏遺跡
いま残るもの
曲輪・館跡・庭園・町割の遺構、復原町並

THE STORY

歴史をひもとく

朝倉氏は応仁の乱のころから越前の支配を固め、一乗谷を拠点に五代にわたり治めました。重臣を谷に集め、城下町と文化の場を育てました。1573年、織田信長との戦いで朝倉氏は滅び、町も焼かれました。現在は発掘遺構と復原施設を通して、失われた中世都市の姿を読み取れます。

LAYOUT & ARCHITECTURE

地形と建物を、見てみよう。

細長い谷に居館や町が広がり、その背後の山地に城郭が築かれました。生活の場と戦いに備える場を、地形の高低によって分けた構成です。復原町並は天守の再建ではなく、発掘調査に基づく住まいと通りの復原です。

A CLOSER LOOK

この城では、ここに注目。

01

朝倉氏の館と庭園

谷の居館跡では、建物の礎石や庭園の石組が暮らしの輪郭を伝えます。山上の防御施設とは異なる、政治と接客の場に注目できます。

02

復原町並

発掘された石垣や礎石を生かし、武家屋敷と町屋を復原しています。約200メートルの通りを歩き、屋敷と仕事場の違いを見比べられます。

03

谷と山の役割

一乗谷城は山上の城郭と山麓の居館・城下町が結び付いた城です。町並の散策と山城歩きは、別の行程として考えると全体像をつかめます。

THROUGH THE YEARS

歴史年表

  1. 15世紀後半

    朝倉氏の支配拠点として発展。

  2. 1573

    朝倉氏が滅亡し、城下町が焼かれる。

BEFORE YOU GO

訪ねる前の、ひとメモ。

復原町並・博物館と山城の登山は距離も足場も異なります。山上まで行く場合は、谷の散策とは別に登山時間を確保してください。

情報確認:2026年9月27日

出典・参考にした公式情報

営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。