No. 036北陸・東海福井県

丸岡城

Maruoka Castle

現存天守

坂井平野の小高い丘に、石瓦の屋根を載せた天守が立ちます。小さな建物の中に、江戸時代の構造と地震からの修復の歩みが重なっています。

雪の残る丸岡城の天守と石段
雪の残る丸岡城の天守と石段写真:Mnd · CC BY-SA 3.0 · 縮小・WebP変換。一覧では枠に合わせて表示。写真は撮影当時の姿です。現在の工事・公開状況は本文と公式案内でご確認ください。

まずは、城の素顔から

この城の基本情報

城のかたち
平山城
築城・成立
城は1576年と伝承/現天守は寛永年間(1624〜1643年)
築城に関わった人物・勢力
柴田勝豊/天守は本多氏の時代
別名・呼び名
霞ヶ城
いま残るもの
現存木造天守(地震後修復)・天守台

THE STORY

歴史をひもとく

城は1576年に柴田勝豊が築いたと伝わります。ただし現在の天守は、調査によって寛永年間の建築とされています。江戸時代には本多氏、続いて有馬氏が城主を務めました。明治以降も天守は残され、地震後の修復と保存を経て今日に伝わります。

LAYOUT & ARCHITECTURE

地形と建物を、見てみよう。

丘の頂に独立した望楼型の天守を置く平山城です。小規模ながら石垣、木組み、屋根の構成が一体となり、見張りの高さを確保しています。石瓦は創建時から不変ではなく、屋根材にも修理と改変の歴史があります。

A CLOSER LOOK

この城では、ここに注目。

01

石瓦の屋根

屋根には石でつくられた瓦が使われています。外から屋根の重なりを見上げ、一般的な焼き物の瓦との違いを探してみましょう。

02

二重三階の天守

外観の屋根は二重ですが、内部は三階です。外から数えた屋根と中の階数が同じとは限らない、天守の見方を学べます。

03

修復を受け継ぐ城

1948年の福井地震で天守は倒壊しました。1955年に修復を終え、歴史的な木造天守として保存されています。

THROUGH THE YEARS

歴史年表

  1. 1576

    柴田勝豊が築城したと伝わる。

  2. 1624–1643

    現在の天守が建てられた寛永年間。

  3. 1948 / 1955

    福井地震で倒壊し、1955年に修復完了。

BEFORE YOU GO

訪ねる前の、ひとメモ。

天守内は階段で上がります。城の創建年と現在の天守の建築年代を分けて見ると、修復された建物の価値も理解しやすくなります。

情報確認:2026年9月27日

出典・参考にした公式情報

営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。