まずは、城の素顔から
この城の基本情報
- 城のかたち
- 平山城
- 築城・成立
- 城は1576年と伝承/現天守は寛永年間(1624〜1643年)
- 築城に関わった人物・勢力
- 柴田勝豊/天守は本多氏の時代
- 別名・呼び名
- 霞ヶ城
- いま残るもの
- 現存木造天守(地震後修復)・天守台
THE STORY
歴史をひもとく
城は1576年に柴田勝豊が築いたと伝わります。ただし現在の天守は、調査によって寛永年間の建築とされています。江戸時代には本多氏、続いて有馬氏が城主を務めました。明治以降も天守は残され、地震後の修復と保存を経て今日に伝わります。
LAYOUT & ARCHITECTURE
地形と建物を、見てみよう。
丘の頂に独立した望楼型の天守を置く平山城です。小規模ながら石垣、木組み、屋根の構成が一体となり、見張りの高さを確保しています。石瓦は創建時から不変ではなく、屋根材にも修理と改変の歴史があります。
A CLOSER LOOK
この城では、ここに注目。
石瓦の屋根
屋根には石でつくられた瓦が使われています。外から屋根の重なりを見上げ、一般的な焼き物の瓦との違いを探してみましょう。
二重三階の天守
外観の屋根は二重ですが、内部は三階です。外から数えた屋根と中の階数が同じとは限らない、天守の見方を学べます。
修復を受け継ぐ城
1948年の福井地震で天守は倒壊しました。1955年に修復を終え、歴史的な木造天守として保存されています。
THROUGH THE YEARS
歴史年表
- 1576
柴田勝豊が築城したと伝わる。
- 1624–1643
現在の天守が建てられた寛永年間。
- 1948 / 1955
福井地震で倒壊し、1955年に修復完了。
BEFORE YOU GO
訪ねる前の、ひとメモ。
天守内は階段で上がります。城の創建年と現在の天守の建築年代を分けて見ると、修復された建物の価値も理解しやすくなります。
情報確認:2026年9月27日
出典・参考にした公式情報
営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。



