まずは、城の素顔から
この城の基本情報
- 城のかたち
- 平城・海城
- 築城・成立
- 1648年着工、1661年完成
- 築城に関わった人物・勢力
- 浅野長直
- 別名・呼び名
- 加里屋城など
- いま残るもの
- 石垣・堀・天守台、復元門、整備された庭園と御殿平面
THE STORY
歴史をひもとく
現在の赤穂城は浅野長直が1648年から築き、1661年に完成しました。天守台は用意されましたが、天守の建物は建てられませんでした。その後は永井氏、森氏の城となり、庭園にも改変が加えられました。近現代の発掘と復元整備によって、門や庭園、御殿の平面が見学できるようになっています。
LAYOUT & ARCHITECTURE
地形と建物を、見てみよう。
本丸・二の丸・三の丸を堀で分けた、海岸部の平城です。門の枡形と石垣の折れを組み合わせ、横方向からの防御を重視しています。城内の庭園は防御施設とは別の性格を持ち、藩の暮らしを補って伝えます。
A CLOSER LOOK
この城では、ここに注目。
折れ曲がる石垣
城の石垣は出入りをつくり、横からも攻撃できる形を取っています。堀越しに輪郭をたどると、単純な四角い城ではないことが分かります。
御殿の間取り
本丸では藩主御殿の間取りを原寸大で示しています。建物がなくても部屋の大きさを歩いて確かめ、政務と暮らしを想像できます。
復元整備された庭園
本丸と二の丸の庭園は発掘成果を生かして整備されています。池や島の配置から、藩主や重臣のもてなしの場を読み取れます。
THROUGH THE YEARS
歴史年表
- 1648
浅野長直が築城を開始。
- 1661
赤穂城が完成。
- 2002
本丸・二の丸庭園が国の名勝となる。
BEFORE YOU GO
訪ねる前の、ひとメモ。
天守台に天守の建物はありません。門や庭園の公開範囲を公式案内で確かめ、復元建物と発掘遺構を見分けながら巡ると理解が深まります。
情報確認:2026年9月27日
出典・参考にした公式情報
営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。



