No. 060近畿兵庫県

赤穂城

Ako Castle

城跡・遺構

かつて海に面した城で、堀と折れのある石垣が平地の守りをつくります。天守を建てなかった城だからこそ、門、御殿跡、庭園から藩の姿を見られます。

赤穂城の復元された門と石垣
赤穂城の復元された門と石垣写真:663highland · CC BY 2.5 · 縮小・WebP変換。一覧では枠に合わせて表示。写真は撮影当時の姿です。現在の工事・公開状況は本文と公式案内でご確認ください。

まずは、城の素顔から

この城の基本情報

城のかたち
平城・海城
築城・成立
1648年着工、1661年完成
築城に関わった人物・勢力
浅野長直
別名・呼び名
加里屋城など
いま残るもの
石垣・堀・天守台、復元門、整備された庭園と御殿平面

THE STORY

歴史をひもとく

現在の赤穂城は浅野長直が1648年から築き、1661年に完成しました。天守台は用意されましたが、天守の建物は建てられませんでした。その後は永井氏、森氏の城となり、庭園にも改変が加えられました。近現代の発掘と復元整備によって、門や庭園、御殿の平面が見学できるようになっています。

LAYOUT & ARCHITECTURE

地形と建物を、見てみよう。

本丸・二の丸・三の丸を堀で分けた、海岸部の平城です。門の枡形と石垣の折れを組み合わせ、横方向からの防御を重視しています。城内の庭園は防御施設とは別の性格を持ち、藩の暮らしを補って伝えます。

A CLOSER LOOK

この城では、ここに注目。

01

折れ曲がる石垣

城の石垣は出入りをつくり、横からも攻撃できる形を取っています。堀越しに輪郭をたどると、単純な四角い城ではないことが分かります。

02

御殿の間取り

本丸では藩主御殿の間取りを原寸大で示しています。建物がなくても部屋の大きさを歩いて確かめ、政務と暮らしを想像できます。

03

復元整備された庭園

本丸と二の丸の庭園は発掘成果を生かして整備されています。池や島の配置から、藩主や重臣のもてなしの場を読み取れます。

THROUGH THE YEARS

歴史年表

  1. 1648

    浅野長直が築城を開始。

  2. 1661

    赤穂城が完成。

  3. 2002

    本丸・二の丸庭園が国の名勝となる。

BEFORE YOU GO

訪ねる前の、ひとメモ。

天守台に天守の建物はありません。門や庭園の公開範囲を公式案内で確かめ、復元建物と発掘遺構を見分けながら巡ると理解が深まります。

情報確認:2026年9月27日

出典・参考にした公式情報

営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。