まずは、城の素顔から
この城の基本情報
- 城のかたち
- 山城
- 築城・成立
- 14世紀に起源、16世紀後半に拡充
- 築城に関わった人物・勢力
- 越智氏、本多氏ら
- 別名・呼び名
- 芙蓉城
- いま残るもの
- 石垣・曲輪・天守台、移築された門
THE STORY
歴史をひもとく
高取城は南北朝時代に越智氏が築いた城を始まりとします。安土桃山時代に、豊臣秀長に仕えた本多氏が大きく整備・拡充しました。江戸時代には高取藩の城となり、のちに植村氏が幕末まで治めました。現在は山上の建物の多くを失っていますが、石垣の保存状態から近世山城の構造をたどれます。
LAYOUT & ARCHITECTURE
地形と建物を、見てみよう。
高取山の高低差を利用し、石垣で囲む曲輪を連続させた山城です。中世の山城を基礎に、近世の石垣と建物を備える城へ発展しました。麓からの登りと山上の平場の対比に、立地を生かした守りが見えます。
A CLOSER LOOK
この城では、ここに注目。
本丸の石垣
高い石垣が山上の平場を支えています。自然の斜面と積まれた石の境目を見ると、城づくりの労力を感じられます。
二の丸と櫓跡
二の丸や太鼓櫓などの跡にも石垣が残ります。天守台だけでなく、城の各部分を歩くことで大きさが分かります。
麓に残る門
町内の子嶋寺には、城の旧二の門とされる門が伝わります。山上にない建物の一部が、移築先で受け継がれている例です。
THROUGH THE YEARS
歴史年表
- 14世紀
越智氏の城として成立。
- 16世紀後半
本多氏が整備・拡充。
- 江戸時代
本多氏、のち植村氏が高取藩を治める。
BEFORE YOU GO
訪ねる前の、ひとメモ。
山城歩きの装備で訪ね、城下町から歩く場合は十分な登山時間を見込みましょう。石垣に登らず、足元の石や木の根に注意して見学してください。
情報確認:2026年9月27日
出典・参考にした公式情報
営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。



