No. 061近畿奈良県

高取城

Takatori Castle

城跡・遺構

森の中に大きな石垣が現れる、山上の城跡です。建物が失われた今も、本丸や二の丸の段差に、山を城へと変えた規模が残ります。

高取城跡の高い石垣と木立
高取城跡の高い石垣と木立写真:Kooriyannma · CC BY 2.5 · 縮小・WebP変換。一覧では枠に合わせて表示。写真は撮影当時の姿です。現在の工事・公開状況は本文と公式案内でご確認ください。

まずは、城の素顔から

この城の基本情報

城のかたち
山城
築城・成立
14世紀に起源、16世紀後半に拡充
築城に関わった人物・勢力
越智氏、本多氏ら
別名・呼び名
芙蓉城
いま残るもの
石垣・曲輪・天守台、移築された門

THE STORY

歴史をひもとく

高取城は南北朝時代に越智氏が築いた城を始まりとします。安土桃山時代に、豊臣秀長に仕えた本多氏が大きく整備・拡充しました。江戸時代には高取藩の城となり、のちに植村氏が幕末まで治めました。現在は山上の建物の多くを失っていますが、石垣の保存状態から近世山城の構造をたどれます。

LAYOUT & ARCHITECTURE

地形と建物を、見てみよう。

高取山の高低差を利用し、石垣で囲む曲輪を連続させた山城です。中世の山城を基礎に、近世の石垣と建物を備える城へ発展しました。麓からの登りと山上の平場の対比に、立地を生かした守りが見えます。

A CLOSER LOOK

この城では、ここに注目。

01

本丸の石垣

高い石垣が山上の平場を支えています。自然の斜面と積まれた石の境目を見ると、城づくりの労力を感じられます。

02

二の丸と櫓跡

二の丸や太鼓櫓などの跡にも石垣が残ります。天守台だけでなく、城の各部分を歩くことで大きさが分かります。

03

麓に残る門

町内の子嶋寺には、城の旧二の門とされる門が伝わります。山上にない建物の一部が、移築先で受け継がれている例です。

THROUGH THE YEARS

歴史年表

  1. 14世紀

    越智氏の城として成立。

  2. 16世紀後半

    本多氏が整備・拡充。

  3. 江戸時代

    本多氏、のち植村氏が高取藩を治める。

BEFORE YOU GO

訪ねる前の、ひとメモ。

山城歩きの装備で訪ね、城下町から歩く場合は十分な登山時間を見込みましょう。石垣に登らず、足元の石や木の根に注意して見学してください。

情報確認:2026年9月27日

出典・参考にした公式情報

営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。