まずは、城の素顔から
この城の基本情報
- 城のかたち
- 平山城
- 築城・成立
- 中世に起源/現天守群1609年
- 築城に関わった人物・勢力
- 豊臣秀吉・池田輝政・本多氏ら
- 別名・呼び名
- 白鷺城
- いま残るもの
- 現存天守群・櫓・門・土塀・石垣・堀
THE STORY
歴史をひもとく
姫路城は中世の城を基礎に、豊臣秀吉の時代にも整備されました。関ヶ原の戦いの後に入った池田輝政が1601年から大改築を進め、1609年に現在の天守群が完成しました。1617年以後は本多氏が西の丸などを増築しました。近代の保存修理を重ね、1993年には世界文化遺産に登録されています。
LAYOUT & ARCHITECTURE
地形と建物を、見てみよう。
丘上の天守群に向かって、石垣、門、土塀、櫓を連続させた平山城です。大天守は外観五重、内部は地上六階と地下一階を持ちます。白い漆喰の外壁と、内部で見える木組みを合わせて観察すると、外観と構造の違いが分かります。
A CLOSER LOOK
この城では、ここに注目。
連立式の天守群
大天守と三つの小天守を渡櫓で結んでいます。一棟だけを見るのではなく、囲まれた中庭や建物同士のつながりに注目できます。
門をたどる道
天守までの道には、向きを変える場所や門が重なります。視線と足の向きが変わるたびに、敵を容易に近づけない設計を感じられます。
西の丸の廊下
西の丸には、千姫ゆかりの建物や長い廊下が伝わります。見張りや守りだけでなく、城で暮らした人々の空間も読み取れます。
THROUGH THE YEARS
歴史年表
- 1609
池田輝政による天守群が完成。
- 1617年以後
本多氏が西の丸などを増築。
- 1993
世界文化遺産に登録。
BEFORE YOU GO
訪ねる前の、ひとメモ。
天守内は階段で上がり、入口までにも坂や石段があります。天守群だけで約1時間、西の丸も含めればさらに時間が必要と公式案内にあるため、余裕を持って訪ねてください。
情報確認:2026年9月27日
出典・参考にした公式情報
営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。



