まずは、城の素顔から
この城の基本情報
- 城のかたち
- 山城
- 築城・成立
- 1576年着工、1579年天主完成
- 築城に関わった人物・勢力
- 織田信長、丹羽長秀ら
- 別名・呼び名
- 安土城跡(天守は「天主」と表記)
- いま残るもの
- 石垣・石段・天主台・建物礎石
THE STORY
歴史をひもとく
信長は1576年に安土城の築城を始めました。1579年に天主が完成し、信長が移り住みます。1582年の本能寺の変の後、天主と本丸は焼失しました。その後も織田氏ゆかりの城として使われましたが、1585年ごろには役割を終えたとされます。現在は発掘調査と保存整備で、その実像の解明が進められています。
LAYOUT & ARCHITECTURE
地形と建物を、見てみよう。
山に石垣と石段を多用し、大手道、家臣の屋敷、主郭部を結ぶ城です。広い直線路の先では進路が分かれ、門や石垣が中心部への出入りを管理していました。湖岸の地形も関係しますが、当時の湖岸線を現在の景色と同一視しないことが大切です。
A CLOSER LOOK
この城では、ここに注目。
広い大手道
大手道の直線部分は約8メートルの幅を持ちます。道の両側の石塁や溝まで見ると、大勢を迎える正面の構えが分かります。
家臣の屋敷跡
大手道の両側には、羽柴秀吉や前田利家の屋敷と伝わる区画があります。伝承上の名称と、発掘で分かった建物配置を分けて見るのがポイントです。
天主台と本丸
山上には天主や本丸の礎石・石垣が残ります。現在の遺構を出発点にすると、復元図にも研究上の幅があることを理解できます。
THROUGH THE YEARS
歴史年表
- 1576
信長が築城を開始。
- 1579
天主が完成し信長が入る。
- 1582
本能寺の変の後、天主・本丸が焼失。
BEFORE YOU GO
訪ねる前の、ひとメモ。
見学は長い石段の登り下りを伴います。天主そのものは残っていないため、遺構の案内と復元イメージを区別しながら巡ってください。
情報確認:2026年9月27日
出典・参考にした公式情報
営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。



