No. 051近畿滋賀県

安土城

Azuchi Castle

城跡・遺構

織田信長が築いた城は、いま大手道の石段と山上の遺構で迎えてくれます。失われた天主を想像するだけでなく、道幅や屋敷跡から城の計画を読む楽しみがあります。

木々に囲まれた安土城跡の石碑
木々に囲まれた安土城跡の石碑写真:Original uploader was Maechan0360 at ja.wikipedia · CC BY-SA 3.0 · 縮小・WebP変換。一覧では枠に合わせて表示。写真は撮影当時の姿です。現在の工事・公開状況は本文と公式案内でご確認ください。

まずは、城の素顔から

この城の基本情報

城のかたち
山城
築城・成立
1576年着工、1579年天主完成
築城に関わった人物・勢力
織田信長、丹羽長秀ら
別名・呼び名
安土城跡(天守は「天主」と表記)
いま残るもの
石垣・石段・天主台・建物礎石

THE STORY

歴史をひもとく

信長は1576年に安土城の築城を始めました。1579年に天主が完成し、信長が移り住みます。1582年の本能寺の変の後、天主と本丸は焼失しました。その後も織田氏ゆかりの城として使われましたが、1585年ごろには役割を終えたとされます。現在は発掘調査と保存整備で、その実像の解明が進められています。

LAYOUT & ARCHITECTURE

地形と建物を、見てみよう。

山に石垣と石段を多用し、大手道、家臣の屋敷、主郭部を結ぶ城です。広い直線路の先では進路が分かれ、門や石垣が中心部への出入りを管理していました。湖岸の地形も関係しますが、当時の湖岸線を現在の景色と同一視しないことが大切です。

A CLOSER LOOK

この城では、ここに注目。

01

広い大手道

大手道の直線部分は約8メートルの幅を持ちます。道の両側の石塁や溝まで見ると、大勢を迎える正面の構えが分かります。

02

家臣の屋敷跡

大手道の両側には、羽柴秀吉や前田利家の屋敷と伝わる区画があります。伝承上の名称と、発掘で分かった建物配置を分けて見るのがポイントです。

03

天主台と本丸

山上には天主や本丸の礎石・石垣が残ります。現在の遺構を出発点にすると、復元図にも研究上の幅があることを理解できます。

THROUGH THE YEARS

歴史年表

  1. 1576

    信長が築城を開始。

  2. 1579

    天主が完成し信長が入る。

  3. 1582

    本能寺の変の後、天主・本丸が焼失。

BEFORE YOU GO

訪ねる前の、ひとメモ。

見学は長い石段の登り下りを伴います。天主そのものは残っていないため、遺構の案内と復元イメージを区別しながら巡ってください。

情報確認:2026年9月27日

出典・参考にした公式情報

営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。