No. 058近畿兵庫県

明石城

Akashi Castle

城跡・遺構

高い石垣の上に二基の三重櫓が並び、城の正面を印象づけます。天守台はありますが天守は建てられず、櫓が城の象徴を担ってきました。

明石城の白い櫓と土塀
明石城の白い櫓と土塀写真:663highland · CC BY 2.5 · 縮小・WebP変換。一覧では枠に合わせて表示。写真は撮影当時の姿です。現在の工事・公開状況は本文と公式案内でご確認ください。

まずは、城の素顔から

この城の基本情報

城のかたち
平山城
築城・成立
1619年着工、1620年完成
築城に関わった人物・勢力
小笠原忠政(忠真)
別名・呼び名
喜春城
いま残るもの
巽櫓・坤櫓・石垣・堀・天守台

THE STORY

歴史をひもとく

小笠原忠政、のちの忠真が1619年に築城を始め、1620年に完成しました。本丸の四隅には三階櫓が設けられましたが、天守は建てられませんでした。現在残る二基は、近年の研究で1631年の火災後の再建と考えられています。修理を重ねながら江戸初期の城郭建築を伝え、国の重要文化財に指定されています。

LAYOUT & ARCHITECTURE

地形と建物を、見てみよう。

丘上の本丸を石垣で固め、その角を櫓で守る平山城です。天守に代わって坤櫓が中心的な役割を果たしたと考えられます。天守を必須の建物と考えず、櫓と石垣が組み合わされた城として観察できます。

A CLOSER LOOK

この城では、ここに注目。

01

巽櫓と坤櫓

本丸の東南と西南に、江戸時代の櫓が残っています。どちらも三階建てですが、位置や役割を比べると違いが見えてきます。

02

天守のない天守台

坤櫓の北側には天守台があります。建物を失った台ではなく、天守を建てなかった城の計画を伝える遺構です。

03

城跡を包む公園

現在は明石公園として城跡を歩けます。広場から櫓を見上げた後に上段へ進むと、石垣の高さを別の角度で感じられます。

THROUGH THE YEARS

歴史年表

  1. 1619–1620

    小笠原氏が城を築く。

  2. 1631年以後

    火災後に現存二櫓が再建されたと考えられる。

  3. 1957

    巽櫓と坤櫓が重要文化財に指定。

BEFORE YOU GO

訪ねる前の、ひとメモ。

櫓の内部は常時公開ではなく、季節ごとの特別公開が案内されています。内部見学を目的にする場合は公開日を確認し、公園散策とは分けて計画してください。

情報確認:2026年9月27日

出典・参考にした公式情報

営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。