まずは、城の素顔から
この城の基本情報
- 城のかたち
- 平山城・再建天守
- 築城・成立
- 中世に起源/現天守1965年
- 築城に関わった人物・勢力
- 葦名氏、蒲生氏郷、加藤氏ら
- 別名・呼び名
- 鶴ヶ城・若松城
- いま残るもの
- 石垣・堀。天守などは再建・復元
THE STORY
歴史をひもとく
前身は1384年に葦名直盛が築いた館と伝わります。蒲生氏郷が近世城郭へ改め、1593年に天守を完成させました。地震の被害を受けた後、加藤氏が大改修し、1639年までに城の構成を整えます。1868年の戊辰戦争を経て建物は解体されましたが、1965年に天守が再建されました。
LAYOUT & ARCHITECTURE
地形と建物を、見てみよう。
本丸を出丸で守る構成と、石垣・堀の組合せが特徴です。現在の五層天守は、加藤氏の改修を経た後の姿を伝える再建です。初期の天守、江戸時代の改修、現代の復興を一つの年代にまとめずに見ると理解が深まります。
A CLOSER LOOK
この城では、ここに注目。
赤瓦の天守
現天守は1965年の再建で、2011年に幕末の姿に合わせた赤瓦へ改められました。雪国の気候への工夫を伝える屋根にも注目です。
出丸と堀
加藤氏の時代に西出丸や北出丸などが整えられました。本丸の外側まで歩くと、天守一棟より大きな防御の構造が分かります。
会津の城の記憶
城内展示と石垣の遺構を合わせると、戦国期から幕末までの変化を追えます。現在見える建物が近代の再建であることも、その歴史の一章です。
THROUGH THE YEARS
歴史年表
- 1593
蒲生氏郷の天守が完成。
- 1639
加藤氏による大改修がまとまる。
- 1965
天守を再建。
- 2011
赤瓦へ葺き替え。
BEFORE YOU GO
訪ねる前の、ひとメモ。
天守の展示、茶室、周辺施設は、それぞれの開館情報を公式サイトで確認してください。料金や催事中の入場方法は変更されることがあります。
情報確認:2026年9月27日
出典・参考にした公式情報
営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。



