No. 012北海道・東北福島県

会津若松城

Aizuwakamatsu Castle

復元・再建建物

鶴ヶ城の名で知られる、会津の歴史を伝える城です。赤瓦の再建天守を入口に、石垣や出丸、幾度もの改修によって変わった城の形をたどれます。

会津若松城の天守と白壁の建物
会津若松城の天守と白壁の建物写真:Katana213 · CC BY-SA 4.0 · 縮小・WebP変換。一覧では枠に合わせて表示。写真は撮影当時の姿です。現在の工事・公開状況は本文と公式案内でご確認ください。

まずは、城の素顔から

この城の基本情報

城のかたち
平山城・再建天守
築城・成立
中世に起源/現天守1965年
築城に関わった人物・勢力
葦名氏、蒲生氏郷、加藤氏ら
別名・呼び名
鶴ヶ城・若松城
いま残るもの
石垣・堀。天守などは再建・復元

THE STORY

歴史をひもとく

前身は1384年に葦名直盛が築いた館と伝わります。蒲生氏郷が近世城郭へ改め、1593年に天守を完成させました。地震の被害を受けた後、加藤氏が大改修し、1639年までに城の構成を整えます。1868年の戊辰戦争を経て建物は解体されましたが、1965年に天守が再建されました。

LAYOUT & ARCHITECTURE

地形と建物を、見てみよう。

本丸を出丸で守る構成と、石垣・堀の組合せが特徴です。現在の五層天守は、加藤氏の改修を経た後の姿を伝える再建です。初期の天守、江戸時代の改修、現代の復興を一つの年代にまとめずに見ると理解が深まります。

A CLOSER LOOK

この城では、ここに注目。

01

赤瓦の天守

現天守は1965年の再建で、2011年に幕末の姿に合わせた赤瓦へ改められました。雪国の気候への工夫を伝える屋根にも注目です。

02

出丸と堀

加藤氏の時代に西出丸や北出丸などが整えられました。本丸の外側まで歩くと、天守一棟より大きな防御の構造が分かります。

03

会津の城の記憶

城内展示と石垣の遺構を合わせると、戦国期から幕末までの変化を追えます。現在見える建物が近代の再建であることも、その歴史の一章です。

THROUGH THE YEARS

歴史年表

  1. 1593

    蒲生氏郷の天守が完成。

  2. 1639

    加藤氏による大改修がまとまる。

  3. 1965

    天守を再建。

  4. 2011

    赤瓦へ葺き替え。

BEFORE YOU GO

訪ねる前の、ひとメモ。

天守の展示、茶室、周辺施設は、それぞれの開館情報を公式サイトで確認してください。料金や催事中の入場方法は変更されることがあります。

情報確認:2026年9月27日

出典・参考にした公式情報

営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。