まずは、城の素顔から
この城の基本情報
- 城のかたち
- 平山城
- 築城・成立
- 1585年創建/現天守群1958年
- 築城に関わった人物・勢力
- 豊臣秀長、浅野氏、徳川頼宣ら
- 別名・呼び名
- 虎伏城・竹垣城
- いま残るもの
- 岡口門・石垣・堀、再建天守群、庭園
THE STORY
歴史をひもとく
和歌山城は1585年、豊臣秀吉が弟の秀長に命じて築かせました。浅野氏の時代を経て、1619年には徳川頼宣が入り、紀州徳川家の拠点となります。天守は落雷後の1850年に再建されましたが、1945年の空襲で焼失しました。現在の天守群は1958年に鉄筋コンクリートで外観を再現したものです。
LAYOUT & ARCHITECTURE
地形と建物を、見てみよう。
虎伏山の西峰に天守群、東峰に本丸御殿を置いた平山城です。政務と生活の中心は、江戸初期以降に麓の二の丸へ移りました。山上の天守、麓の御殿跡、堀に沿う庭園を見比べると、城内の役割分担が見えてきます。
A CLOSER LOOK
この城では、ここに注目。
連なる天守群
大天守と小天守、櫓などが連なる姿を復元しています。一つの高い建物ではなく、建物を組み合わせたまとまりとして眺められます。
岡口門
岡口門は歴史的な建物として残る重要文化財です。再建された天守と見比べると、城内に異なる保存の歩みがあると分かります。
西之丸庭園と御橋廊下
西之丸には堀の水を取り入れた庭園があります。復元された御橋廊下も、藩主の暮らしや城内の移動を考える手がかりになります。
THROUGH THE YEARS
歴史年表
- 1585
秀吉の命で築城を開始。
- 1619
徳川頼宣が入城。
- 1945 / 1958
空襲で天守を失い、1958年に再建。
BEFORE YOU GO
訪ねる前の、ひとメモ。
山上の天守へは坂や石段を歩きます。庭園や門など麓の見どころも含め、施設ごとの開館時間を確かめて巡ってください。
情報確認:2026年9月27日
出典・参考にした公式情報
営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。



