No. 062近畿和歌山県

和歌山城

Wakayama Castle

復元・再建建物

虎伏山の上に白い天守群が立つ、紀州徳川家の城です。現在の天守は戦後の再建ですが、石垣や門、庭園を巡ると、城の長い変化を見られます。

和歌山城の天守と白い塀
和歌山城の天守と白い塀写真:663highland · CC BY 2.5 · 縮小・WebP変換。一覧では枠に合わせて表示。写真は撮影当時の姿です。現在の工事・公開状況は本文と公式案内でご確認ください。

まずは、城の素顔から

この城の基本情報

城のかたち
平山城
築城・成立
1585年創建/現天守群1958年
築城に関わった人物・勢力
豊臣秀長、浅野氏、徳川頼宣ら
別名・呼び名
虎伏城・竹垣城
いま残るもの
岡口門・石垣・堀、再建天守群、庭園

THE STORY

歴史をひもとく

和歌山城は1585年、豊臣秀吉が弟の秀長に命じて築かせました。浅野氏の時代を経て、1619年には徳川頼宣が入り、紀州徳川家の拠点となります。天守は落雷後の1850年に再建されましたが、1945年の空襲で焼失しました。現在の天守群は1958年に鉄筋コンクリートで外観を再現したものです。

LAYOUT & ARCHITECTURE

地形と建物を、見てみよう。

虎伏山の西峰に天守群、東峰に本丸御殿を置いた平山城です。政務と生活の中心は、江戸初期以降に麓の二の丸へ移りました。山上の天守、麓の御殿跡、堀に沿う庭園を見比べると、城内の役割分担が見えてきます。

A CLOSER LOOK

この城では、ここに注目。

01

連なる天守群

大天守と小天守、櫓などが連なる姿を復元しています。一つの高い建物ではなく、建物を組み合わせたまとまりとして眺められます。

02

岡口門

岡口門は歴史的な建物として残る重要文化財です。再建された天守と見比べると、城内に異なる保存の歩みがあると分かります。

03

西之丸庭園と御橋廊下

西之丸には堀の水を取り入れた庭園があります。復元された御橋廊下も、藩主の暮らしや城内の移動を考える手がかりになります。

THROUGH THE YEARS

歴史年表

  1. 1585

    秀吉の命で築城を開始。

  2. 1619

    徳川頼宣が入城。

  3. 1945 / 1958

    空襲で天守を失い、1958年に再建。

BEFORE YOU GO

訪ねる前の、ひとメモ。

山上の天守へは坂や石段を歩きます。庭園や門など麓の見どころも含め、施設ごとの開館時間を確かめて巡ってください。

情報確認:2026年9月27日

出典・参考にした公式情報

営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。