No. 056近畿兵庫県

竹田城

Takeda Castle

城跡・遺構

山の尾根に石垣が連なる城跡で、建物がなくても城の形がはっきり分かります。雲海の写真で知られますが、石積みや曲輪の連続を歩いて見ること自体に魅力があります。

山の尾根に連なる竹田城跡の石垣
山の尾根に連なる竹田城跡の石垣写真:Reggaeman · CC BY-SA 3.0 · 縮小・WebP変換。一覧では枠に合わせて表示。写真は撮影当時の姿です。現在の工事・公開状況は本文と公式案内でご確認ください。

まずは、城の素顔から

この城の基本情報

城のかたち
山城
築城・成立
15世紀に起源と伝承/現石垣は主に16世紀末
築城に関わった人物・勢力
山名氏・太田垣氏、赤松広秀ら
別名・呼び名
虎臥城
いま残るもの
石垣・天守台・曲輪

THE STORY

歴史をひもとく

築城の始まりは、山名氏が太田垣氏に命じた15世紀の城とする伝承があります。1580年ごろに羽柴氏の但馬攻略を経て、城主が交代しました。1585年に入った赤松広秀の時代に、現在残る石垣が整備されたと考えられています。1600年に広秀が失脚すると廃城となりました。今は石垣遺構を保存しながら公開しています。

LAYOUT & ARCHITECTURE

地形と建物を、見てみよう。

山頂の天守台を中心に、尾根上の曲輪を石垣で連ねた山城です。もとの山の形を残しながら、石の壁で平場を広げています。天守だけがそびえる城とは違い、連続する曲輪と高低差そのものが主役です。

A CLOSER LOOK

この城では、ここに注目。

01

尾根をたどる曲輪

本丸から三方へ延びる尾根を使って曲輪が置かれています。上下に重なる石垣を見比べると、山全体を城に変えた構想が伝わります。

02

天守台

天守の建物は失われ、中央には石垣の台が残ります。周囲の曲輪との高さの違いから、城の中心を確かめられます。

03

雲海と向き合う

霧は季節や気象条件がそろったときに現れます。見られない日にも、山上からの地形と城下の関係を楽しめます。

THROUGH THE YEARS

歴史年表

  1. 15世紀

    山名氏・太田垣氏による築城の伝承。

  2. 1585

    赤松広秀が城主となる。

  3. 1600

    広秀の失脚後に廃城となる。

BEFORE YOU GO

訪ねる前の、ひとメモ。

登城時間や経路は季節・天候で変わります。雲海を必ず見られるとは考えず、公式の当日案内に従い、石垣の縁や立入制限区域に入らないでください。

情報確認:2026年9月27日

出典・参考にした公式情報

営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。