まずは、城の素顔から
この城の基本情報
- 城のかたち
- 山城
- 築城・成立
- 15世紀に起源と伝承/現石垣は主に16世紀末
- 築城に関わった人物・勢力
- 山名氏・太田垣氏、赤松広秀ら
- 別名・呼び名
- 虎臥城
- いま残るもの
- 石垣・天守台・曲輪
THE STORY
歴史をひもとく
築城の始まりは、山名氏が太田垣氏に命じた15世紀の城とする伝承があります。1580年ごろに羽柴氏の但馬攻略を経て、城主が交代しました。1585年に入った赤松広秀の時代に、現在残る石垣が整備されたと考えられています。1600年に広秀が失脚すると廃城となりました。今は石垣遺構を保存しながら公開しています。
LAYOUT & ARCHITECTURE
地形と建物を、見てみよう。
山頂の天守台を中心に、尾根上の曲輪を石垣で連ねた山城です。もとの山の形を残しながら、石の壁で平場を広げています。天守だけがそびえる城とは違い、連続する曲輪と高低差そのものが主役です。
A CLOSER LOOK
この城では、ここに注目。
尾根をたどる曲輪
本丸から三方へ延びる尾根を使って曲輪が置かれています。上下に重なる石垣を見比べると、山全体を城に変えた構想が伝わります。
天守台
天守の建物は失われ、中央には石垣の台が残ります。周囲の曲輪との高さの違いから、城の中心を確かめられます。
雲海と向き合う
霧は季節や気象条件がそろったときに現れます。見られない日にも、山上からの地形と城下の関係を楽しめます。
THROUGH THE YEARS
歴史年表
- 15世紀
山名氏・太田垣氏による築城の伝承。
- 1585
赤松広秀が城主となる。
- 1600
広秀の失脚後に廃城となる。
BEFORE YOU GO
訪ねる前の、ひとメモ。
登城時間や経路は季節・天候で変わります。雲海を必ず見られるとは考えず、公式の当日案内に従い、石垣の縁や立入制限区域に入らないでください。
情報確認:2026年9月27日
出典・参考にした公式情報
営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。



