まずは、城の素顔から
この城の基本情報
- 城のかたち
- 断崖の台地に築いた山城
- 築城・成立
- 中世に成立、1594〜1596年に中川氏が大改修
- 築城に関わった人物・勢力
- 志賀氏、中川秀成ら
- 別名・呼び名
- —
- いま残るもの
- 曲輪・石垣・門跡など。城郭建物は失われている
THE STORY
歴史をひもとく
岡城の起源には伝承があり、最初の築城年を断定できません。中世には志賀氏の拠点となりました。1594年に中川秀成が入り、1596年までに主要な曲輪などを備える城へ大きく改修しました。江戸時代も中川氏の居城として使われましたが、1874年に建物が取り壊されました。現在は石垣の城跡として保存され、少年時代に遊んだ瀧廉太郎との関わりも伝えられています。
LAYOUT & ARCHITECTURE
地形と建物を、見てみよう。
標高約325メートルの岩盤上に曲輪を連ね、断崖を防御に取り込んでいます。中川氏の改修で総石垣の城郭へ整えられ、主要な曲輪や登城口がつくられました。建物がない現在は、岩盤・石垣・曲輪の平面を一緒に見て、自然と人工の境界をたどれます。
A CLOSER LOOK
この城では、ここに注目。
断崖と石垣
火山由来の岩盤と高い石垣が、険しい地形を形づくります。自然の急斜面と人工の壁が連続する場所に、この山城の強さが表れます。
連なる曲輪
尾根に沿って複数の曲輪が続いています。主要部と後に発展した西の丸などを、地図で見比べると構造をつかめます。
山々への眺め
城跡からは阿蘇やくじゅうの山並みを望めます。広い見晴らしも、城を高所へ築いた立地と結びついています。
THROUGH THE YEARS
歴史年表
- 中世
志賀氏の城として発展。
- 1594〜1596年
中川秀成が総石垣の城へ大改修。
- 1874年
城内の建物が取り壊される。
BEFORE YOU GO
訪ねる前の、ひとメモ。
高低差と崖のある屋外遺跡です。公式地図に沿って歩き、天候や足元に合わせて見学範囲を決めましょう。
情報確認:2026年9月27日
出典・参考にした公式情報
営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。



