No. 096九州・沖縄宮崎県

飫肥城

Obi Castle

城跡・遺構

伊東氏の城下町と合わせて歩きたい、飫肥の城跡です。石垣や曲輪に、近代に整備された大手門などが加わっています。

飫肥城の大手門と石垣
飫肥城の大手門と石垣写真:ja:User:Sanjo · Public domain · 縮小・WebP変換。一覧では枠に合わせて表示。写真は撮影当時の姿です。現在の工事・公開状況は本文と公式案内でご確認ください。

まずは、城の素顔から

この城の基本情報

城のかたち
シラス台地を空堀で分けた城郭
築城・成立
中世に成立/1693年に新本丸完成
築城に関わった人物・勢力
島津氏・伊東氏
別名・呼び名
—
いま残るもの
曲輪・石垣・空堀。大手門は復元、松尾の丸は推定建築

THE STORY

歴史をひもとく

戦国時代には、島津氏と伊東氏が飫肥をめぐって争いました。16世紀末からは伊東氏の居城として、城下町とともに発展しました。17世紀に大きな地震が重なり、旧本丸の地盤に被害が生じました。そのため1693年に新たな本丸が整えられました。近代以降の整備では1978年に大手門、1979年に松尾の丸が建てられ、城跡と城下町を伝える施設となっています。

LAYOUT & ARCHITECTURE

地形と建物を、見てみよう。

シラス台地に大小の曲輪を設け、その間を空堀で切り分けています。地震の被害によって本丸の位置も変わり、一時期だけの配置ではないことが特徴です。現在の大手門と松尾の丸は近代に整備された建物で、特に松尾の丸は史料不足を比較研究で補った表現です。

A CLOSER LOOK

この城では、ここに注目。

01

復元大手門

現在の大手門は1978年に復元されました。江戸時代から残る門ではなく、城の入口を伝える近代の復元です。

02

台地の曲輪

シラス台地を空堀で区切った城の構えが特徴です。平らな曲輪と、その間を深く切り込む地形を見比べられます。

03

松尾の丸

1979年の建物は、史料が残らない御殿を研究に基づいて表現したものです。江戸期の建築を参考にした建物で、往時の御殿そのものとは区別されます。

THROUGH THE YEARS

歴史年表

  1. 16世紀末

    伊東氏の居城として発展。

  2. 1693年

    地震被害を受けた旧本丸に代わる新本丸が完成。

  3. 1978年

    大手門を復元。

  4. 1979年

    松尾の丸の建物を建設。

BEFORE YOU GO

訪ねる前の、ひとメモ。

城跡と城下町の施設では公開条件が異なります。訪問前に日南市観光協会などの施設案内を確認してください。

情報確認:2026年9月27日

出典・参考にした公式情報

営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。