まずは、城の素顔から
この城の基本情報
- 城のかたち
- シラス台地を空堀で分けた城郭
- 築城・成立
- 中世に成立/1693年に新本丸完成
- 築城に関わった人物・勢力
- 島津氏・伊東氏
- 別名・呼び名
- —
- いま残るもの
- 曲輪・石垣・空堀。大手門は復元、松尾の丸は推定建築
THE STORY
歴史をひもとく
戦国時代には、島津氏と伊東氏が飫肥をめぐって争いました。16世紀末からは伊東氏の居城として、城下町とともに発展しました。17世紀に大きな地震が重なり、旧本丸の地盤に被害が生じました。そのため1693年に新たな本丸が整えられました。近代以降の整備では1978年に大手門、1979年に松尾の丸が建てられ、城跡と城下町を伝える施設となっています。
LAYOUT & ARCHITECTURE
地形と建物を、見てみよう。
シラス台地に大小の曲輪を設け、その間を空堀で切り分けています。地震の被害によって本丸の位置も変わり、一時期だけの配置ではないことが特徴です。現在の大手門と松尾の丸は近代に整備された建物で、特に松尾の丸は史料不足を比較研究で補った表現です。
A CLOSER LOOK
この城では、ここに注目。
復元大手門
現在の大手門は1978年に復元されました。江戸時代から残る門ではなく、城の入口を伝える近代の復元です。
台地の曲輪
シラス台地を空堀で区切った城の構えが特徴です。平らな曲輪と、その間を深く切り込む地形を見比べられます。
松尾の丸
1979年の建物は、史料が残らない御殿を研究に基づいて表現したものです。江戸期の建築を参考にした建物で、往時の御殿そのものとは区別されます。
THROUGH THE YEARS
歴史年表
- 16世紀末
伊東氏の居城として発展。
- 1693年
地震被害を受けた旧本丸に代わる新本丸が完成。
- 1978年
大手門を復元。
- 1979年
松尾の丸の建物を建設。
BEFORE YOU GO
訪ねる前の、ひとメモ。
城跡と城下町の施設では公開条件が異なります。訪問前に日南市観光協会などの施設案内を確認してください。
情報確認:2026年9月27日
出典・参考にした公式情報
営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。



