No. 086九州・沖縄福岡県

大野城

Ono Castle

城跡・遺構

四王寺山の尾根を大きく囲む、古代の山城跡です。天守が建つ城とは異なり、土塁や石垣、倉庫の礎石が往時を伝えます。

大野城跡の大きな石を積んだ城壁
大野城跡の大きな石を積んだ城壁写真:Tast at Japanese Wikipedia · CC BY-SA 3.0 · 縮小・WebP変換。一覧では枠に合わせて表示。写真は撮影当時の姿です。現在の工事・公開状況は本文と公式案内でご確認ください。

まずは、城の素顔から

この城の基本情報

城のかたち
古代の朝鮮式山城
築城・成立
665年
築城に関わった人物・勢力
当時の朝廷による大宰府防衛施設
別名・呼び名
—
いま残るもの
土塁・石垣・門跡・倉庫群の礎石

THE STORY

歴史をひもとく

663年の白村江の戦いの敗北後、朝廷は大陸からの侵攻に備えて防衛施設を整えました。大野城はその一環として665年に四王寺山へ築かれました。大宰府の北を守り、水城や基肄城などとも関係する防衛網を構成しました。内部に残る礎石は、倉庫群の存在を伝えています。現在は太宰府市・宇美町・大野城市にまたがる遺跡として保存され、山道から各遺構を訪ねられます。

LAYOUT & ARCHITECTURE

地形と建物を、見てみよう。

尾根に土塁をめぐらせ、谷など土だけでは守りにくい場所に石垣を築きました。広い内側には倉庫群が置かれ、防御線と物資を支える施設が組み合わされています。百間石垣に見られる水を通す仕組みは、谷をふさぎながら排水も必要だったことを示します。

A CLOSER LOOK

この城では、ここに注目。

01

百間石垣

谷をふさぐ長い石垣に、古代山城の大きさが表れています。一部には排水のための隙間もあり、谷を守る技術を観察できます。

02

増長天礎石群

倉庫と考えられる建物群の礎石が残っています。四棟分の並びから、山の中の軍事施設が物資も蓄えていたと分かります。

03

尾根を囲む防御線

土塁と石垣を地形に合わせてめぐらせています。天守中心の近世城郭とは、時代も構造も大きく異なります。

THROUGH THE YEARS

歴史年表

  1. 663年

    白村江の敗戦後、防衛体制を強化。

  2. 664年

    大宰府を守る水城が築かれる。

  3. 665年

    四王寺山に大野城を築く。

BEFORE YOU GO

訪ねる前の、ひとメモ。

遺構は山中に点在します。散策地図で経路を選び、天候や通行情報を確認して歩きましょう。

情報確認:2026年9月27日

出典・参考にした公式情報

営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。