まずは、城の素顔から
この城の基本情報
- 城のかたち
- 古代の朝鮮式山城
- 築城・成立
- 665年
- 築城に関わった人物・勢力
- 当時の朝廷による大宰府防衛施設
- 別名・呼び名
- —
- いま残るもの
- 土塁・石垣・門跡・倉庫群の礎石
THE STORY
歴史をひもとく
663年の白村江の戦いの敗北後、朝廷は大陸からの侵攻に備えて防衛施設を整えました。大野城はその一環として665年に四王寺山へ築かれました。大宰府の北を守り、水城や基肄城などとも関係する防衛網を構成しました。内部に残る礎石は、倉庫群の存在を伝えています。現在は太宰府市・宇美町・大野城市にまたがる遺跡として保存され、山道から各遺構を訪ねられます。
LAYOUT & ARCHITECTURE
地形と建物を、見てみよう。
尾根に土塁をめぐらせ、谷など土だけでは守りにくい場所に石垣を築きました。広い内側には倉庫群が置かれ、防御線と物資を支える施設が組み合わされています。百間石垣に見られる水を通す仕組みは、谷をふさぎながら排水も必要だったことを示します。
A CLOSER LOOK
この城では、ここに注目。
百間石垣
谷をふさぐ長い石垣に、古代山城の大きさが表れています。一部には排水のための隙間もあり、谷を守る技術を観察できます。
増長天礎石群
倉庫と考えられる建物群の礎石が残っています。四棟分の並びから、山の中の軍事施設が物資も蓄えていたと分かります。
尾根を囲む防御線
土塁と石垣を地形に合わせてめぐらせています。天守中心の近世城郭とは、時代も構造も大きく異なります。
THROUGH THE YEARS
歴史年表
- 663年
白村江の敗戦後、防衛体制を強化。
- 664年
大宰府を守る水城が築かれる。
- 665年
四王寺山に大野城を築く。
BEFORE YOU GO
訪ねる前の、ひとメモ。
遺構は山中に点在します。散策地図で経路を選び、天候や通行情報を確認して歩きましょう。
情報確認:2026年9月27日
出典・参考にした公式情報
営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。



