まずは、城の素顔から
この城の基本情報
- 城のかたち
- 城山と山麓の居館を組み合わせた城
- 築城・成立
- 1601年頃から築城
- 築城に関わった人物・勢力
- 島津家久
- 別名・呼び名
- 鶴丸城
- いま残るもの
- 石垣・堀・石橋など。御楼門は2020年復元
THE STORY
歴史をひもとく
薩摩藩の初代藩主・島津家久が1601年頃から築城を進めました。城は藩主の居館と政治の中心として用いられました。御楼門前の橋は、記録によれば1810年に板橋から石橋へ改められました。明治以降に主要な建物が失われましたが、石垣や堀などの遺構は残りました。2020年には御楼門が復元され、城の正面の姿を伝える施設となりました。
LAYOUT & ARCHITECTURE
地形と建物を、見てみよう。
天守を設けず、山麓の御殿と背後の城山を組み合わせた城です。正面は堀と石垣、御楼門で構成され、門前の橋が入口へつながります。御楼門の復元では古写真と礎石に残る痕跡が手がかりとなり、失われた建築の規模を検討しました。
A CLOSER LOOK
この城では、ここに注目。
復元御楼門
大きな門が2020年に復元されました。古写真や残された基礎の調査を用いて、失われた門の姿を検討した復元です。
石垣と堀
城の正面に残る石造の構えを観察できます。御楼門前の石橋と合わせて、城への入口がどう守られたかを考えられます。
城山と山麓の城
背後の城山と、その麓の城域を合わせて捉えることが大切です。天守の有無だけで城を捉えず、山と居館の役割を見られる城跡です。
THROUGH THE YEARS
歴史年表
- 1601年頃
島津家久が築城を開始。
- 1810年
御楼門前の橋を石橋へ架け替え。
- 2020年
御楼門を復元。
BEFORE YOU GO
訪ねる前の、ひとメモ。
城跡の散策と黎明館の利用は案内が異なります。公開状況や周辺文化財の見学情報を鹿児島県の公式ページで確認しましょう。
情報確認:2026年9月27日
出典・参考にした公式情報
営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。



