No. 097九州・沖縄鹿児島県

鹿児島城

Kagoshima Castle

城跡・遺構

鶴丸城とも呼ばれる、薩摩藩島津氏の居城跡です。天守を持たない城で、石垣と堀、復元された御楼門が正面の景観をつくります。

鹿児島城跡の堀と石垣。御楼門復元前の姿
鹿児島城跡の堀と石垣。御楼門復元前の姿写真:Mass Ave 975 at English Wikipedia · CC BY-SA 3.0 · 縮小・WebP変換。一覧では枠に合わせて表示。写真は撮影当時の姿です。現在の工事・公開状況は本文と公式案内でご確認ください。

まずは、城の素顔から

この城の基本情報

城のかたち
城山と山麓の居館を組み合わせた城
築城・成立
1601年頃から築城
築城に関わった人物・勢力
島津家久
別名・呼び名
鶴丸城
いま残るもの
石垣・堀・石橋など。御楼門は2020年復元

THE STORY

歴史をひもとく

薩摩藩の初代藩主・島津家久が1601年頃から築城を進めました。城は藩主の居館と政治の中心として用いられました。御楼門前の橋は、記録によれば1810年に板橋から石橋へ改められました。明治以降に主要な建物が失われましたが、石垣や堀などの遺構は残りました。2020年には御楼門が復元され、城の正面の姿を伝える施設となりました。

LAYOUT & ARCHITECTURE

地形と建物を、見てみよう。

天守を設けず、山麓の御殿と背後の城山を組み合わせた城です。正面は堀と石垣、御楼門で構成され、門前の橋が入口へつながります。御楼門の復元では古写真と礎石に残る痕跡が手がかりとなり、失われた建築の規模を検討しました。

A CLOSER LOOK

この城では、ここに注目。

01

復元御楼門

大きな門が2020年に復元されました。古写真や残された基礎の調査を用いて、失われた門の姿を検討した復元です。

02

石垣と堀

城の正面に残る石造の構えを観察できます。御楼門前の石橋と合わせて、城への入口がどう守られたかを考えられます。

03

城山と山麓の城

背後の城山と、その麓の城域を合わせて捉えることが大切です。天守の有無だけで城を捉えず、山と居館の役割を見られる城跡です。

THROUGH THE YEARS

歴史年表

  1. 1601年頃

    島津家久が築城を開始。

  2. 1810年

    御楼門前の橋を石橋へ架け替え。

  3. 2020年

    御楼門を復元。

BEFORE YOU GO

訪ねる前の、ひとメモ。

城跡の散策と黎明館の利用は案内が異なります。公開状況や周辺文化財の見学情報を鹿児島県の公式ページで確認しましょう。

情報確認:2026年9月27日

出典・参考にした公式情報

営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。