No. 084四国高知県

高知城

Kochi Castle

現存天守

天守と本丸御殿がつながって残る、土佐の城です。本丸の建物群を通して、守りと暮らしの両方にふれられます。

高知城の天守と本丸の建物
高知城の天守と本丸の建物写真:Taisyo · CC BY-SA 3.0 · 縮小・WebP変換。一覧では枠に合わせて表示。写真は撮影当時の姿です。現在の工事・公開状況は本文と公式案内でご確認ください。

まずは、城の素顔から

この城の基本情報

城のかたち
山上の本丸と山麓を用いた平山城
築城・成立
1601年着工/現存天守は1749年再建
築城に関わった人物・勢力
山内一豊、山内家
別名・呼び名
—
いま残るもの
天守・本丸御殿・追手門などの歴史的建物、石垣

THE STORY

歴史をひもとく

土佐に入った山内一豊が1601年に築城を始めました。1611年には城全体がほぼ整いました。1727年の大火で多くの建物が失われ、その後に再建が進められました。現在の天守は1749年に完成した建物です。本丸御殿や門などとともに保存され、江戸時代の城内空間をまとまって伝える城となっています。

LAYOUT & ARCHITECTURE

地形と建物を、見てみよう。

天守と本丸御殿が接続し、防御施設と城主側の居住・政務空間が一体となっています。本丸の建物群がまとまって残るため、単独の天守では見えにくい城内のつながりをたどれます。麓の追手門から山上の天守を見上げると、入口と中心部の高低差も分かります。

A CLOSER LOOK

この城では、ここに注目。

01

現存天守

現在の天守は、江戸時代の火災後に再建された建物です。創建時から一度も建て替えていないという意味ではなく、江戸期の建物が伝わっています。

02

本丸御殿

天守に接続する御殿と、本丸の建物群が残っています。部屋と天守への動線を見比べることで、本丸の機能を考えられます。

03

追手門

天守と追手門を、同じ視界に収められる場所があります。平地の入口から山上の中心へ続く構えを、外観だけでも読み取れます。

THROUGH THE YEARS

歴史年表

  1. 1601年

    山内一豊が築城を開始。

  2. 1727年

    大火で城内の多くの建物を失う。

  3. 1749年

    現在の天守が完成。

BEFORE YOU GO

訪ねる前の、ひとメモ。

保存工事で見学経路が変わる場合があります。天守・御殿の公開状況は公式サイトで確認してください。

情報確認:2026年9月27日

出典・参考にした公式情報

営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。