No. 083四国愛媛県

宇和島城

Uwajima Castle

現存天守

城山の上に、白壁の三重天守が残る宇和島城。藤堂高虎と宇和島伊達家の二つの時代をたどる城です。

石垣の上の宇和島城天守
石垣の上の宇和島城天守写真:Reggaeman · CC BY-SA 3.0 · 縮小・WebP変換。一覧では枠に合わせて表示。写真は撮影当時の姿です。現在の工事・公開状況は本文と公式案内でご確認ください。

まずは、城の素顔から

この城の基本情報

城のかたち
城山を利用した平山城
築城・成立
1596〜1601年に高虎が整備/現存天守は1666年頃
築城に関わった人物・勢力
藤堂高虎、宇和島伊達家
別名・呼び名
—
いま残るもの
江戸時代の天守、曲輪・石垣など

THE STORY

歴史をひもとく

藤堂高虎は1596年から城を整え、1601年に工事を終えました。後に宇和島へ入った伊達家が、この城を居城としました。伊達宗利の時代、1666年頃に天守が建て替えられました。そのため、現在の天守を高虎の創建時の建物と見ることはできません。江戸時代から残る天守は、現存12天守の一つとして城山に保存されています。

LAYOUT & ARCHITECTURE

地形と建物を、見てみよう。

山上の本丸へ向かって曲輪と石垣を重ねた城です。現存天守は三重三階で、白壁に屋根の曲線や破風が重なる外観を持ちます。山道を上る過程と天守周辺の平坦部を比べると、丘の高低差を取り込んだ構えが理解できます。

A CLOSER LOOK

この城では、ここに注目。

01

伊達家の現存天守

現在の天守は、伊達宗利による1666年頃の建築です。高虎の築城と伊達家の改築を分けると、天守の時代が明確になります。

02

白壁と屋根の意匠

三重三階の天守に、唐破風などの装飾が添えられています。山の緑と白い壁の対比も、外から眺める際の見どころです。

03

城山の遺構

曲輪や石垣から、山を使った城の構えを読み取れます。道沿いの石垣と平らな曲輪を組み合わせて、城の広がりを読めます。

THROUGH THE YEARS

歴史年表

  1. 1596年

    藤堂高虎が城の整備を開始。

  2. 1601年

    高虎の築城工事が完成。

  3. 1666年頃

    伊達宗利の時代に現在の天守が建つ。

BEFORE YOU GO

訪ねる前の、ひとメモ。

天守へは城山を登って向かいます。雨の日は足元に注意し、最新の登城案内を確認しましょう。

情報確認:2026年9月27日

出典・参考にした公式情報

営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。