まずは、城の素顔から
この城の基本情報
- 城のかたち
- 城山を利用した平山城
- 築城・成立
- 1596〜1601年に高虎が整備/現存天守は1666年頃
- 築城に関わった人物・勢力
- 藤堂高虎、宇和島伊達家
- 別名・呼び名
- —
- いま残るもの
- 江戸時代の天守、曲輪・石垣など
THE STORY
歴史をひもとく
藤堂高虎は1596年から城を整え、1601年に工事を終えました。後に宇和島へ入った伊達家が、この城を居城としました。伊達宗利の時代、1666年頃に天守が建て替えられました。そのため、現在の天守を高虎の創建時の建物と見ることはできません。江戸時代から残る天守は、現存12天守の一つとして城山に保存されています。
LAYOUT & ARCHITECTURE
地形と建物を、見てみよう。
山上の本丸へ向かって曲輪と石垣を重ねた城です。現存天守は三重三階で、白壁に屋根の曲線や破風が重なる外観を持ちます。山道を上る過程と天守周辺の平坦部を比べると、丘の高低差を取り込んだ構えが理解できます。
A CLOSER LOOK
この城では、ここに注目。
伊達家の現存天守
現在の天守は、伊達宗利による1666年頃の建築です。高虎の築城と伊達家の改築を分けると、天守の時代が明確になります。
白壁と屋根の意匠
三重三階の天守に、唐破風などの装飾が添えられています。山の緑と白い壁の対比も、外から眺める際の見どころです。
城山の遺構
曲輪や石垣から、山を使った城の構えを読み取れます。道沿いの石垣と平らな曲輪を組み合わせて、城の広がりを読めます。
THROUGH THE YEARS
歴史年表
- 1596年
藤堂高虎が城の整備を開始。
- 1601年
高虎の築城工事が完成。
- 1666年頃
伊達宗利の時代に現在の天守が建つ。
BEFORE YOU GO
訪ねる前の、ひとメモ。
天守へは城山を登って向かいます。雨の日は足元に注意し、最新の登城案内を確認しましょう。
情報確認:2026年9月27日
出典・参考にした公式情報
営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。



