まずは、城の素顔から
この城の基本情報
- 城のかたち
- 海水を堀に引く海城・平城
- 築城・成立
- 1588年から築城
- 築城に関わった人物・勢力
- 生駒親正、後に松平氏が改修
- 別名・呼び名
- 玉藻城
- いま残るもの
- 月見櫓・水手御門など、石垣・海水堀。披雲閣は大正期の建物
THE STORY
歴史をひもとく
生駒親正が1588年から城を築き、讃岐の統治拠点としました。後に松平氏が入り、城の改修を重ねました。海へ開いた立地と海水を引く堀が、その城づくりを特徴づけています。天守は失われましたが、月見櫓や水手御門などが残りました。披雲閣は後の大正時代に建てられたもので、江戸期の御殿そのものではありません。
LAYOUT & ARCHITECTURE
地形と建物を、見てみよう。
海に接する平地に築き、海水を堀へ取り込んで防御に用いました。月見櫓と水手御門は、海側の入口と監視の関係を示します。現在の公園では、城郭の遺構と後の時代に建てられた披雲閣を、成立年代を分けて見学できます。
A CLOSER LOOK
この城では、ここに注目。
海水の堀
海とのつながりを生かした堀が、城の大きな特徴です。水辺を歩くと、山城とは異なる防御の考え方を実感できます。
月見櫓と水手御門
海に面した城の構えを、現存する建物から読み取れます。海から城へ入る経路を意識すると、配置の意味が見えてきます。
披雲閣と庭園
園内には重要文化財の披雲閣と、名勝指定の庭園があります。城郭の時代と、大正期の建築・庭園の時代を重ねて味わえる場所です。
THROUGH THE YEARS
歴史年表
- 1588年
生駒親正が築城を開始。
- 江戸時代
松平氏が城を受け継ぎ改修。
- 大正時代
現在の披雲閣が建てられる。
BEFORE YOU GO
訪ねる前の、ひとメモ。
櫓の内部や披雲閣は公開条件が異なります。入園前に公式の案内を確認しましょう。
情報確認:2026年9月27日
出典・参考にした公式情報
営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。



