まずは、城の素顔から
この城の基本情報
- 城のかたち
- 海に囲まれた丘を利用する平山城
- 築城・成立
- 現在につながる城郭は1704〜1718年/天守は1962年
- 築城に関わった人物・勢力
- 松浦棟・松浦篤信
- 別名・呼び名
- —
- いま残るもの
- 狸櫓・北虎口門、石垣など。天守は近代建築
THE STORY
歴史をひもとく
現在につながる平戸城の築城は、松浦棟が1704年に始めました。松浦篤信の時代の1718年に完成しました。明治時代に城としての役割を終え、多くの建物が失われました。狸櫓や北虎口門などは、藩政期を伝える遺構として残りました。1962年には現在の天守が建てられ、海を望む城の景観を形づくっています。
LAYOUT & ARCHITECTURE
地形と建物を、見てみよう。
海へ突き出す丘を利用し、山鹿流軍学に基づいて曲輪や櫓を配置した城です。北虎口門と近くの櫓を結びつけると、門へ向かう敵を側面から守る配置が分かります。現在の天守は江戸時代から伝わる建物ではなく、城内の歴史的な門・櫓とは成立年代が異なります。
A CLOSER LOOK
この城では、ここに注目。
海と城の位置
海へ突き出た地形が、城の守りと景観を形づくっています。丘の斜面と海を一緒に見ることで、敷地が防御に与えた役割を考えられます。
現在の天守
1962年に建てられた三重五階の建物です。同じ敷地の狸櫓や北虎口門とは、建築年代を分けて捉えましょう。
山鹿流の築城
江戸時代の城は山鹿流軍学に基づいて築かれました。門の位置や側面を守る櫓に注目すると、軍学と配置を結びつけられます。
THROUGH THE YEARS
歴史年表
- 1704年
松浦棟が築城を開始。
- 1718年
松浦篤信の時代に城が完成。
- 1962年
現在の天守を建設。
BEFORE YOU GO
訪ねる前の、ひとメモ。
石垣などの整備に伴う規制が案内されることがあります。見学経路と公開情報を公式サイトで確認しましょう。
情報確認:2026年9月27日
出典・参考にした公式情報
営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。



