No. 090九州・沖縄長崎県

平戸城

Hirado Castle

復元・再建建物

平戸瀬戸へ突き出す丘に築かれた、松浦氏の城です。現在の天守は近代に建てられ、海に囲まれた立地を見渡せます。

木々の間から見た平戸城の再建天守
木々の間から見た平戸城の再建天守写真:Heartoftheworld · CC BY-SA 3.0 · 縮小・WebP変換。一覧では枠に合わせて表示。写真は撮影当時の姿です。現在の工事・公開状況は本文と公式案内でご確認ください。

まずは、城の素顔から

この城の基本情報

城のかたち
海に囲まれた丘を利用する平山城
築城・成立
現在につながる城郭は1704〜1718年/天守は1962年
築城に関わった人物・勢力
松浦棟・松浦篤信
別名・呼び名
—
いま残るもの
狸櫓・北虎口門、石垣など。天守は近代建築

THE STORY

歴史をひもとく

現在につながる平戸城の築城は、松浦棟が1704年に始めました。松浦篤信の時代の1718年に完成しました。明治時代に城としての役割を終え、多くの建物が失われました。狸櫓や北虎口門などは、藩政期を伝える遺構として残りました。1962年には現在の天守が建てられ、海を望む城の景観を形づくっています。

LAYOUT & ARCHITECTURE

地形と建物を、見てみよう。

海へ突き出す丘を利用し、山鹿流軍学に基づいて曲輪や櫓を配置した城です。北虎口門と近くの櫓を結びつけると、門へ向かう敵を側面から守る配置が分かります。現在の天守は江戸時代から伝わる建物ではなく、城内の歴史的な門・櫓とは成立年代が異なります。

A CLOSER LOOK

この城では、ここに注目。

01

海と城の位置

海へ突き出た地形が、城の守りと景観を形づくっています。丘の斜面と海を一緒に見ることで、敷地が防御に与えた役割を考えられます。

02

現在の天守

1962年に建てられた三重五階の建物です。同じ敷地の狸櫓や北虎口門とは、建築年代を分けて捉えましょう。

03

山鹿流の築城

江戸時代の城は山鹿流軍学に基づいて築かれました。門の位置や側面を守る櫓に注目すると、軍学と配置を結びつけられます。

THROUGH THE YEARS

歴史年表

  1. 1704年

    松浦棟が築城を開始。

  2. 1718年

    松浦篤信の時代に城が完成。

  3. 1962年

    現在の天守を建設。

BEFORE YOU GO

訪ねる前の、ひとメモ。

石垣などの整備に伴う規制が案内されることがあります。見学経路と公開情報を公式サイトで確認しましょう。

情報確認:2026年9月27日

出典・参考にした公式情報

営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。