まずは、城の素顔から
この城の基本情報
- 城のかたち
- 山城
- 築城・成立
- 戦国期に発展/現天守1956年
- 築城に関わった人物・勢力
- 斎藤氏・織田信長ら
- 別名・呼び名
- 稲葉山城
- いま残るもの
- 山上・山麓の遺構、近代の復興天守
THE STORY
歴史をひもとく
かつては稲葉山城と呼ばれ、斎藤道三らの居城でした。1567年、織田信長が攻略して岐阜を本拠としました。今見られる天守は1956年に建てられた復興天守です。2026年9月現在は天守と資料館が休館しており、再開は2027年11月の予定とされています。
LAYOUT & ARCHITECTURE
地形と建物を、見てみよう。
急峻な金華山の山上部に曲輪や石垣を置き、山麓に居館を配した山城です。山全体の地形が城の守りに組み込まれています。現在の天守の形だけを戦国期の城の完全な復元と考えず、発掘遺構と合わせて読み解くことが大切です。
A CLOSER LOOK
この城では、ここに注目。
金華山の地形
山上の城と山麓の居館は、金華山全体を使って機能しました。山の高さだけでなく、生活と防御の場の距離にも注目できます。
信長の拠点
信長は1567年に城を攻略したとされ、岐阜を拠点に勢力を広げました。麓の遺構は、天守の外観だけでは分からない城の歴史を伝えます。
復興天守の保存
現在の天守は戦国時代の建物ではありません。1956年の再建から時間を重ね、今は耐震化などの改修対象となっています。
THROUGH THE YEARS
歴史年表
- 1567
織田信長が攻略し、岐阜を拠点とする。
- 1956
現在の天守が再建される。
- 2026–2027(予定)
天守・資料館が改修休館。2027年11月再開予定。
BEFORE YOU GO
訪ねる前の、ひとメモ。
2026年9月現在、天守・資料館は休館し、天守は足場と養生シートに覆われています。山上の通行規制とロープウェーの運行情報を公式案内で確かめてから訪ねてください。
情報確認:2026年9月27日
出典・参考にした公式情報
営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。



