No. 039北陸・東海岐阜県

岐阜城

Gifu Castle

復元・再建建物

金華山の山上に城を置き、麓に居館を構えた織田信長ゆかりの城です。現在の天守は1956年の復興建築で、2026年9月現在は改修休館中です。

木々の間から見上げた岐阜城の天守。改修前の姿
木々の間から見上げた岐阜城の天守。改修前の姿写真:Springhuhn · CC BY-SA 3.0 · 縮小・WebP変換。一覧では枠に合わせて表示。写真は撮影当時の姿です。現在の工事・公開状況は本文と公式案内でご確認ください。

まずは、城の素顔から

この城の基本情報

城のかたち
山城
築城・成立
戦国期に発展/現天守1956年
築城に関わった人物・勢力
斎藤氏・織田信長ら
別名・呼び名
稲葉山城
いま残るもの
山上・山麓の遺構、近代の復興天守

THE STORY

歴史をひもとく

かつては稲葉山城と呼ばれ、斎藤道三らの居城でした。1567年、織田信長が攻略して岐阜を本拠としました。今見られる天守は1956年に建てられた復興天守です。2026年9月現在は天守と資料館が休館しており、再開は2027年11月の予定とされています。

LAYOUT & ARCHITECTURE

地形と建物を、見てみよう。

急峻な金華山の山上部に曲輪や石垣を置き、山麓に居館を配した山城です。山全体の地形が城の守りに組み込まれています。現在の天守の形だけを戦国期の城の完全な復元と考えず、発掘遺構と合わせて読み解くことが大切です。

A CLOSER LOOK

この城では、ここに注目。

01

金華山の地形

山上の城と山麓の居館は、金華山全体を使って機能しました。山の高さだけでなく、生活と防御の場の距離にも注目できます。

02

信長の拠点

信長は1567年に城を攻略したとされ、岐阜を拠点に勢力を広げました。麓の遺構は、天守の外観だけでは分からない城の歴史を伝えます。

03

復興天守の保存

現在の天守は戦国時代の建物ではありません。1956年の再建から時間を重ね、今は耐震化などの改修対象となっています。

THROUGH THE YEARS

歴史年表

  1. 1567

    織田信長が攻略し、岐阜を拠点とする。

  2. 1956

    現在の天守が再建される。

  3. 2026–2027(予定)

    天守・資料館が改修休館。2027年11月再開予定。

BEFORE YOU GO

訪ねる前の、ひとメモ。

2026年9月現在、天守・資料館は休館し、天守は足場と養生シートに覆われています。山上の通行規制とロープウェーの運行情報を公式案内で確かめてから訪ねてください。

情報確認:2026年9月27日

出典・参考にした公式情報

営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。