No. 080四国愛媛県

湯築城

Yuzuki Castle

城跡・遺構

道後公園に残る、伊予の河野氏の城跡です。天守や高石垣ではなく、堀と土塁が中世の守りを伝えます。

湯築城跡の草地と復元建物
湯築城跡の草地と復元建物写真:Reggaeman · CC BY-SA 3.0 · 縮小・WebP変換。一覧では枠に合わせて表示。写真は撮影当時の姿です。現在の工事・公開状況は本文と公式案内でご確認ください。

まずは、城の素顔から

この城の基本情報

城のかたち
丘陵・土塁・堀からなる中世城郭
築城・成立
14世紀前半頃に拠点化、16世紀に拡張
築城に関わった人物・勢力
伊予の河野氏
別名・呼び名
—
いま残るもの
内堀・外堀・土塁、発掘された居住区画の遺構

THE STORY

歴史をひもとく

河野氏は14世紀前半頃、湯築城へ拠点を移したとされます。城は中世伊予の政治的な中心の一つとなりました。16世紀には外堀が整備され、城の範囲が広がりました。城としての役割を終えた後、敷地は道後公園となりました。発掘調査によって城内の暮らしが明らかにされ、現在は遺構と展示を組み合わせて学べる史跡です。

LAYOUT & ARCHITECTURE

地形と建物を、見てみよう。

中央の丘陵を核として、その周囲を堀と土塁で囲む城です。後の近世城郭のように高石垣と天守を中心にせず、地形と土の工作物が防御を担いました。二重の堀と城内の平坦部を合わせて歩くと、守りと居住の空間を分けて捉えられます。

A CLOSER LOOK

この城では、ここに注目。

01

二重の堀と土塁

丘を囲む堀と土塁から、城域の広がりを感じられます。石垣の城と比べると、土を盛り水を引く防御の仕組みがよく分かります。

02

地形を生かす城

中央の丘陵を利用し、周囲へ防御施設を広げた城でした。高い場所と麓の平坦地を意識して歩くと、配置を読み解けます。

03

湯築城資料館

出土品や展示で、河野氏と城内の暮らしを紹介しています。屋外の遺構を見てから展示に戻ると、出土品の背景が結びつきます。

THROUGH THE YEARS

歴史年表

  1. 14世紀前半頃

    河野氏が湯築城を拠点としたとされる。

  2. 16世紀

    外堀が整備され城域が拡張。

  3. 近代以降

    城跡を道後公園として利用。

BEFORE YOU GO

訪ねる前の、ひとメモ。

屋外の遺構と資料館を組み合わせると理解が深まります。資料館の休館日は公式案内を確認しましょう。

情報確認:2026年9月27日

出典・参考にした公式情報

営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。