No. 081四国愛媛県

松山城

Matsuyama Castle

現存天守

松山市の中心にそびえる勝山に、本丸が広がります。現存天守と櫓を結ぶ構え、平野を見晴らす景色が魅力です。

松山城の天守を近くから見上げた姿
松山城の天守を近くから見上げた姿写真:Jyo81 (ja:User) · CC BY 3.0 · 縮小・WebP変換。一覧では枠に合わせて表示。写真は撮影当時の姿です。現在の工事・公開状況は本文と公式案内でご確認ください。

まずは、城の素顔から

この城の基本情報

城のかたち
勝山の山頂に本丸を置く平山城
築城・成立
1602年着工/現存大天守は幕末の再建
築城に関わった人物・勢力
加藤嘉明ら歴代城主
別名・呼び名
—
いま残るもの
大天守などの江戸期建物と石垣。小天守などには復元部分もある

THE STORY

歴史をひもとく

加藤嘉明が1602年に築城を始めました。工事と改修は後の城主たちにも引き継がれ、山上の城が整えられました。1784年の落雷による火災で、天守群が失われました。現在の大天守は、その後の長い再建過程を経て幕末に完成した建物です。現存天守を中心に保存や復元が行われ、複数の時代の建築を含む城として公開されています。

LAYOUT & ARCHITECTURE

地形と建物を、見てみよう。

勝山の山上に本丸を広げ、その一角を高い石垣の本壇として固めています。大天守・小天守・櫓をつなぐ連立式の配置が、建物相互の守りをつくりました。今見られる建物群には現存部分と近代の復元部分があるため、案内表示で年代を見比べると理解が深まります。

A CLOSER LOOK

この城では、ここに注目。

01

幕末の現存天守

現在の大天守は幕末に再建され、現存12天守に数えられます。築城を始めた1602年と、現在の建物ができた時期は異なります。

02

連立式の構え

大天守と小天守・櫓をつなぐ配置が、本壇の守りを固めます。建物の間に囲まれた空間と、入口の位置にも注目できます。

03

山頂の眺め

本丸や天守から、松山平野と瀬戸内海の方へ視界が開けます。山上に城を置く理由を、地形と町の広がりから考えられます。

THROUGH THE YEARS

歴史年表

  1. 1602年

    加藤嘉明が築城を開始。

  2. 1784年

    落雷の火災で天守群を失う。

  3. 幕末

    現在の大天守を含む天守群を再建。

BEFORE YOU GO

訪ねる前の、ひとメモ。

ロープウェイやリフトを利用しても、降りてから天守までは歩きます。運行状況と登城案内を事前に確認しましょう。

情報確認:2026年9月27日

出典・参考にした公式情報

営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。