まずは、城の素顔から
この城の基本情報
- 城のかたち
- 勝山の山頂に本丸を置く平山城
- 築城・成立
- 1602年着工/現存大天守は幕末の再建
- 築城に関わった人物・勢力
- 加藤嘉明ら歴代城主
- 別名・呼び名
- —
- いま残るもの
- 大天守などの江戸期建物と石垣。小天守などには復元部分もある
THE STORY
歴史をひもとく
加藤嘉明が1602年に築城を始めました。工事と改修は後の城主たちにも引き継がれ、山上の城が整えられました。1784年の落雷による火災で、天守群が失われました。現在の大天守は、その後の長い再建過程を経て幕末に完成した建物です。現存天守を中心に保存や復元が行われ、複数の時代の建築を含む城として公開されています。
LAYOUT & ARCHITECTURE
地形と建物を、見てみよう。
勝山の山上に本丸を広げ、その一角を高い石垣の本壇として固めています。大天守・小天守・櫓をつなぐ連立式の配置が、建物相互の守りをつくりました。今見られる建物群には現存部分と近代の復元部分があるため、案内表示で年代を見比べると理解が深まります。
A CLOSER LOOK
この城では、ここに注目。
幕末の現存天守
現在の大天守は幕末に再建され、現存12天守に数えられます。築城を始めた1602年と、現在の建物ができた時期は異なります。
連立式の構え
大天守と小天守・櫓をつなぐ配置が、本壇の守りを固めます。建物の間に囲まれた空間と、入口の位置にも注目できます。
山頂の眺め
本丸や天守から、松山平野と瀬戸内海の方へ視界が開けます。山上に城を置く理由を、地形と町の広がりから考えられます。
THROUGH THE YEARS
歴史年表
- 1602年
加藤嘉明が築城を開始。
- 1784年
落雷の火災で天守群を失う。
- 幕末
現在の大天守を含む天守群を再建。
BEFORE YOU GO
訪ねる前の、ひとメモ。
ロープウェイやリフトを利用しても、降りてから天守までは歩きます。運行状況と登城案内を事前に確認しましょう。
情報確認:2026年9月27日
出典・参考にした公式情報
営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。



