No. 088九州・沖縄佐賀県

吉野ヶ里

Yoshinogari

城跡・遺構

弥生時代の環壕集落を学ぶ、広大な遺跡公園です。発掘調査をもとに復元された建物と、保存された遺構を見比べられます。

吉野ヶ里の復元建物と広い草地
吉野ヶ里の復元建物と広い草地写真:ja:User:Sanjo · Public domain · 縮小・WebP変換。一覧では枠に合わせて表示。写真は撮影当時の姿です。現在の工事・公開状況は本文と公式案内でご確認ください。

まずは、城の素顔から

この城の基本情報

城のかたち
弥生時代の環壕集落
築城・成立
弥生時代に発展/復元展示は主に3世紀頃を想定
築城に関わった人物・勢力
当時この地に暮らした集団
別名・呼び名
吉野ヶ里遺跡
いま残るもの
環壕・住居跡・墳丘墓などの遺構。建物は研究に基づく復元

THE STORY

歴史をひもとく

吉野ヶ里では弥生時代を通じて集落が発展しました。小さな居住地が成長し、壕に囲まれた大きな拠点となりました。発掘では住居や倉庫、墓などが見つかり、暮らしと社会の仕組みを考える材料となっています。復元展示は主に弥生時代後期の3世紀頃の姿を想定しています。北墳丘墓などの実際の遺構と復元建物を区別しながら、集落全体を学べます。

LAYOUT & ARCHITECTURE

地形と建物を、見てみよう。

集落の周囲を壕で囲み、内部にも性格の異なる区域を設けていました。南内郭や北内郭の建物は、柱穴などの発掘成果に比較研究を加えて復元されています。物見櫓や主祭殿の姿は弥生期の実物が残るのではなく、考古学的な解釈を建築で示したものです。

A CLOSER LOOK

この城では、ここに注目。

01

南内郭の建物

物見櫓や竪穴住居が、当時の暮らしと防御を伝えます。居住区域と見張りのための高所が、同じ集落の中に置かれています。

02

北内郭の主祭殿

政治や祭祀の中心と考えられる空間が復元されています。用途の解釈には研究に基づく推定が含まれます。

03

北墳丘墓

甕棺を含む埋葬遺構を保存展示しています。建物の復元展示とは異なり、発掘された埋葬の実物を伝える区域です。

THROUGH THE YEARS

歴史年表

  1. 弥生時代前期

    小さな集落が営まれる。

  2. 弥生時代中期

    集落と墓域が発展する。

  3. 3世紀頃

    復元展示が主に想定する大規模集落の時期。

BEFORE YOU GO

訪ねる前の、ひとメモ。

園内は広いため、見たい区域を地図で決めておくと便利です。開園情報と屋外の暑さ・雨への備えを確認しましょう。

情報確認:2026年9月27日

出典・参考にした公式情報

営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。