まずは、城の素顔から
この城の基本情報
- 城のかたち
- 肱川沿いの丘を用いた平山城
- 築城・成立
- 中世に起源/現在の木造天守は2004年復元
- 築城に関わった人物・勢力
- 宇都宮氏に起源を求め、藤堂高虎・脇坂安治らが整備
- 別名・呼び名
- 地蔵ヶ岳城(中世の城)
- いま残るもの
- 台所櫓・高欄櫓・苧綿櫓・三の丸南隅櫓、石垣など
THE STORY
歴史をひもとく
城の起源は、鎌倉時代末の宇都宮氏の地蔵ヶ岳城にあると伝えられます。近世初頭には藤堂高虎や脇坂安治など、歴代城主が城郭を整えました。旧天守は1888年に取り壊されましたが、四棟の櫓は残りました。天守の古写真と木組模型などが、後の復元の手がかりになりました。2004年に木造天守が完成し、現存櫓と合わせて見学できる城になりました。
LAYOUT & ARCHITECTURE
地形と建物を、見てみよう。
肱川に面する丘の上に天守と櫓を配した城です。四層四階の復元天守は、江戸時代の木組模型や古写真をもとに木造で建て直されました。現存櫓と接続する部分を見ると、古い建物を保存しながら城の姿を再構成した方法が分かります。
A CLOSER LOOK
この城では、ここに注目。
木造復元天守
古写真や木組模型を手がかりに、2004年に復元されました。外観だけでなく木造の構造を再現した点が、この天守の特徴です。
四棟の現存櫓
台所櫓・高欄櫓など四棟は、国の重要文化財です。天守と同時代の復元物と思わず、江戸期から伝わる建物として見られます。
川から見る城
肱川沿いから眺めると、城と町の位置関係がよくわかります。城が川に接する位置を、石垣や周囲の地形とともに確かめられます。
THROUGH THE YEARS
歴史年表
- 鎌倉時代末
宇都宮氏による中世城郭に起源があるとされる。
- 1888年
旧天守が解体される。
- 2004年
史料に基づく木造天守が完成。
BEFORE YOU GO
訪ねる前の、ひとメモ。
現存する櫓と復元天守の違いを意識して歩くのがおすすめです。公開案内は公式サイトで確認できます。
情報確認:2026年9月27日
出典・参考にした公式情報
営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。



