No. 082四国愛媛県

大洲城

Ozu Castle

復元・再建建物

肱川の景色に寄り添う大洲城。木造で復元された天守と、江戸時代から残る櫓を一緒に見学できます。

大洲城の復元天守と櫓
大洲城の復元天守と櫓写真:PekePON ( talk ) · CC BY-SA 3.0 · 縮小・WebP変換。一覧では枠に合わせて表示。写真は撮影当時の姿です。現在の工事・公開状況は本文と公式案内でご確認ください。

まずは、城の素顔から

この城の基本情報

城のかたち
肱川沿いの丘を用いた平山城
築城・成立
中世に起源/現在の木造天守は2004年復元
築城に関わった人物・勢力
宇都宮氏に起源を求め、藤堂高虎・脇坂安治らが整備
別名・呼び名
地蔵ヶ岳城(中世の城)
いま残るもの
台所櫓・高欄櫓・苧綿櫓・三の丸南隅櫓、石垣など

THE STORY

歴史をひもとく

城の起源は、鎌倉時代末の宇都宮氏の地蔵ヶ岳城にあると伝えられます。近世初頭には藤堂高虎や脇坂安治など、歴代城主が城郭を整えました。旧天守は1888年に取り壊されましたが、四棟の櫓は残りました。天守の古写真と木組模型などが、後の復元の手がかりになりました。2004年に木造天守が完成し、現存櫓と合わせて見学できる城になりました。

LAYOUT & ARCHITECTURE

地形と建物を、見てみよう。

肱川に面する丘の上に天守と櫓を配した城です。四層四階の復元天守は、江戸時代の木組模型や古写真をもとに木造で建て直されました。現存櫓と接続する部分を見ると、古い建物を保存しながら城の姿を再構成した方法が分かります。

A CLOSER LOOK

この城では、ここに注目。

01

木造復元天守

古写真や木組模型を手がかりに、2004年に復元されました。外観だけでなく木造の構造を再現した点が、この天守の特徴です。

02

四棟の現存櫓

台所櫓・高欄櫓など四棟は、国の重要文化財です。天守と同時代の復元物と思わず、江戸期から伝わる建物として見られます。

03

川から見る城

肱川沿いから眺めると、城と町の位置関係がよくわかります。城が川に接する位置を、石垣や周囲の地形とともに確かめられます。

THROUGH THE YEARS

歴史年表

  1. 鎌倉時代末

    宇都宮氏による中世城郭に起源があるとされる。

  2. 1888年

    旧天守が解体される。

  3. 2004年

    史料に基づく木造天守が完成。

BEFORE YOU GO

訪ねる前の、ひとメモ。

現存する櫓と復元天守の違いを意識して歩くのがおすすめです。公開案内は公式サイトで確認できます。

情報確認:2026年9月27日

出典・参考にした公式情報

営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。