No. 027関東・甲信越長野県

上田城

Ueda Castle

城跡・遺構

真田昌幸が築き、二度の上田合戦で知られる城です。現在見える櫓や石垣には江戸時代の復興も重なり、真田の時代だけでは終わらない歴史があります。

桜の間から見える上田城の櫓
桜の間から見える上田城の櫓写真:Tomorobi · CC BY-SA 4.0 · 縮小・WebP変換。一覧では枠に合わせて表示。写真は撮影当時の姿です。現在の工事・公開状況は本文と公式案内でご確認ください。

まずは、城の素顔から

この城の基本情報

城のかたち
河岸段丘を利用した城跡
築城・成立
1583年着工/1626年から復興
築城に関わった人物・勢力
真田昌幸/復興は仙石忠政
別名・呼び名
—
いま残るもの
西・北・南櫓、石垣・土塁・堀。東虎口櫓門は復元

THE STORY

歴史をひもとく

真田昌幸は1583年に上田城の築城を始めました。1585年と1600年には徳川軍の攻撃を受けたものの、戦闘では落城しませんでした。関ヶ原の後に城は破却され、1626年から仙石忠政が復興しました。現在の櫓や復元門は、この江戸時代の城と、近代以降の保存活動を伝えています。

LAYOUT & ARCHITECTURE

地形と建物を、見てみよう。

南を尼ヶ淵に臨み、そのほかの三方を二の丸が囲む構成です。自然の崖と、土塁・石垣・堀を組み合わせて本丸を守りました。真田時代の戦いの場所と、仙石氏が復興した地上の建築を区別すると、時代の層が見えてきます。

A CLOSER LOOK

この城では、ここに注目。

01

三つの現存櫓

西櫓は解体を免れ、北櫓・南櫓は一度城外へ移された後に戻されました。似た姿の建物にも、それぞれ異なる保存の経緯があります。

02

尼ヶ淵

南側の尼ヶ淵に面する高低差は、城の防御を考える重要な場所です。石垣の下から見上げる視点で、地形を利用した強さが分かります。

03

東虎口櫓門

東虎口の門は1994年に復元されたものです。現存櫓と組み合わせて見ると、本丸入口の構成が立体的に伝わります。

THROUGH THE YEARS

歴史年表

  1. 1583

    真田昌幸が築城開始。

  2. 1600

    第二次上田合戦。

  3. 1626

    仙石忠政が復興に着手。

  4. 1949

    北櫓と南櫓を城へ戻す。

BEFORE YOU GO

訪ねる前の、ひとメモ。

櫓内部、博物館、公園は利用条件が異なります。上田市の公式城サイトで開館期間、休館、工事や行事の最新情報を確認してください。

情報確認:2026年9月27日

出典・参考にした公式情報

営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。