まずは、城の素顔から
この城の基本情報
- 城のかたち
- 河岸段丘を利用した城跡
- 築城・成立
- 1583年着工/1626年から復興
- 築城に関わった人物・勢力
- 真田昌幸/復興は仙石忠政
- 別名・呼び名
- —
- いま残るもの
- 西・北・南櫓、石垣・土塁・堀。東虎口櫓門は復元
THE STORY
歴史をひもとく
真田昌幸は1583年に上田城の築城を始めました。1585年と1600年には徳川軍の攻撃を受けたものの、戦闘では落城しませんでした。関ヶ原の後に城は破却され、1626年から仙石忠政が復興しました。現在の櫓や復元門は、この江戸時代の城と、近代以降の保存活動を伝えています。
LAYOUT & ARCHITECTURE
地形と建物を、見てみよう。
南を尼ヶ淵に臨み、そのほかの三方を二の丸が囲む構成です。自然の崖と、土塁・石垣・堀を組み合わせて本丸を守りました。真田時代の戦いの場所と、仙石氏が復興した地上の建築を区別すると、時代の層が見えてきます。
A CLOSER LOOK
この城では、ここに注目。
三つの現存櫓
西櫓は解体を免れ、北櫓・南櫓は一度城外へ移された後に戻されました。似た姿の建物にも、それぞれ異なる保存の経緯があります。
尼ヶ淵
南側の尼ヶ淵に面する高低差は、城の防御を考える重要な場所です。石垣の下から見上げる視点で、地形を利用した強さが分かります。
東虎口櫓門
東虎口の門は1994年に復元されたものです。現存櫓と組み合わせて見ると、本丸入口の構成が立体的に伝わります。
THROUGH THE YEARS
歴史年表
- 1583
真田昌幸が築城開始。
- 1600
第二次上田合戦。
- 1626
仙石忠政が復興に着手。
- 1949
北櫓と南櫓を城へ戻す。
BEFORE YOU GO
訪ねる前の、ひとメモ。
櫓内部、博物館、公園は利用条件が異なります。上田市の公式城サイトで開館期間、休館、工事や行事の最新情報を確認してください。
情報確認:2026年9月27日
出典・参考にした公式情報
営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。



