No. 028関東・甲信越長野県

小諸城

Komoro Castle

城跡・遺構

城下町より低い場所にある「穴城」として知られる城です。懐古園に残る谷、石垣、古い門をたどると、地形を巧みに利用した守りが見えてきます。

小諸城の木造の門
小諸城の木造の門写真:663highland · CC BY 2.5 · 縮小・WebP変換。一覧では枠に合わせて表示。写真は撮影当時の姿です。現在の工事・公開状況は本文と公式案内でご確認ください。

まずは、城の素顔から

この城の基本情報

城のかたち
穴城と呼ばれる城跡
築城・成立
中世に起源/1590年以降に仙石氏が改修
築城に関わった人物・勢力
武田氏、仙石秀久・忠政ら
別名・呼び名
—
いま残るもの
大手門・三之門、石垣・曲輪・空堀

THE STORY

歴史をひもとく

小諸の城は戦国期の武田氏による整備を経て、1590年に入った仙石秀久が大きく改修しました。秀久と子の忠政は門や曲輪を整え、近世城郭の姿をつくります。1702年からは牧野氏が長く居城しました。明治に役割を終えた城は懐古園となり、1926年には本多静六の設計で近代的な公園へ整備されました。

LAYOUT & ARCHITECTURE

地形と建物を、見てみよう。

城下より低い位置に城域を置きながら、千曲川側の崖や深い谷を守りに利用しました。田切地形に沿った曲輪と空堀、石垣が残っています。単純に高い山頂を選ぶのとは違う、土地の形を読む築城の工夫が特徴です。

A CLOSER LOOK

この城では、ここに注目。

01

大手門

1612年に仙石秀久の時代に建てられたとされる、城の表玄関です。二階の構造などに、初期の城門建築を知る手掛かりがあります。

02

田切地形

園内には地域特有の谷地形が発達しています。自然の谷と空堀が、城の区画をどのように分けているかを観察できます。

03

三之門から懐古園へ

三之門と大手門は城の歴史を伝える建築です。門の内側に広がる公園には、廃城後に育まれた文化や文学の記憶も重なっています。

THROUGH THE YEARS

歴史年表

  1. 1590

    仙石秀久が入り大改修。

  2. 1612

    大手門を建築。

  3. 1702

    牧野氏の居城となる。

  4. 1926

    本多静六の設計で公園を整備。

BEFORE YOU GO

訪ねる前の、ひとメモ。

懐古園と大手門などは入口や公開条件が異なります。小諸市の最新案内で開館日、入園料、工事範囲を確認し、谷や石段のある道を歩く準備をしてください。

情報確認:2026年9月27日

出典・参考にした公式情報

営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。