まずは、城の素顔から
この城の基本情報
- 城のかたち
- 穴城と呼ばれる城跡
- 築城・成立
- 中世に起源/1590年以降に仙石氏が改修
- 築城に関わった人物・勢力
- 武田氏、仙石秀久・忠政ら
- 別名・呼び名
- —
- いま残るもの
- 大手門・三之門、石垣・曲輪・空堀
THE STORY
歴史をひもとく
小諸の城は戦国期の武田氏による整備を経て、1590年に入った仙石秀久が大きく改修しました。秀久と子の忠政は門や曲輪を整え、近世城郭の姿をつくります。1702年からは牧野氏が長く居城しました。明治に役割を終えた城は懐古園となり、1926年には本多静六の設計で近代的な公園へ整備されました。
LAYOUT & ARCHITECTURE
地形と建物を、見てみよう。
城下より低い位置に城域を置きながら、千曲川側の崖や深い谷を守りに利用しました。田切地形に沿った曲輪と空堀、石垣が残っています。単純に高い山頂を選ぶのとは違う、土地の形を読む築城の工夫が特徴です。
A CLOSER LOOK
この城では、ここに注目。
大手門
1612年に仙石秀久の時代に建てられたとされる、城の表玄関です。二階の構造などに、初期の城門建築を知る手掛かりがあります。
田切地形
園内には地域特有の谷地形が発達しています。自然の谷と空堀が、城の区画をどのように分けているかを観察できます。
三之門から懐古園へ
三之門と大手門は城の歴史を伝える建築です。門の内側に広がる公園には、廃城後に育まれた文化や文学の記憶も重なっています。
THROUGH THE YEARS
歴史年表
- 1590
仙石秀久が入り大改修。
- 1612
大手門を建築。
- 1702
牧野氏の居城となる。
- 1926
本多静六の設計で公園を整備。
BEFORE YOU GO
訪ねる前の、ひとメモ。
懐古園と大手門などは入口や公開条件が異なります。小諸市の最新案内で開館日、入園料、工事範囲を確認し、谷や石段のある道を歩く準備をしてください。
情報確認:2026年9月27日
出典・参考にした公式情報
営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。



