No. 014関東・甲信越茨城県

水戸城

Mito Castle

城跡・遺構

水戸徳川家の拠点を、土塁や堀、復元された門からたどる城です。高い石垣の城とは異なる関東の築城文化と、城下で育った学問の歴史を合わせて見られます。

水戸城跡の高低差を利用した堀の跡
水戸城跡の高低差を利用した堀の跡写真:by Monado · CC BY-SA 2.5 · 縮小・WebP変換。一覧では枠に合わせて表示。写真は撮影当時の姿です。現在の工事・公開状況は本文と公式案内でご確認ください。

まずは、城の素顔から

この城の基本情報

城のかたち
土塁・堀を主体とした台地上の城跡
築城・成立
中世に起源/江戸時代に徳川氏が整備
築城に関わった人物・勢力
歴代領主、徳川頼房ら
別名・呼び名
—
いま残るもの
土塁・堀・薬医門。大手門・角櫓は復元

THE STORY

歴史をひもとく

水戸城は中世に起源を持ち、江戸時代には徳川頼房が御殿や三の丸などを整えました。水戸徳川家の拠点として、城下とともに発展しました。城の三階櫓は1945年の戦災で失われています。現在は土塁・堀や現存門に加え、復元建築を通じて往時の構成を示しています。

LAYOUT & ARCHITECTURE

地形と建物を、見てみよう。

台地を堀で区切り、土塁を巡らせる構成が基本です。石垣と天守を持つ城を標準にすると、この城の特徴を見落としてしまいます。復元された門の位置と、周囲に残る空堀の高低差を対応させると、守りの仕組みが読み取れます。

A CLOSER LOOK

この城では、ここに注目。

01

土の城の輪郭

水戸城は土塁と堀を中心とした城でした。残る地形の高低差に注目すると、都市の中にも防御の境界を見つけられます。

02

大手門と隅櫓

大手門は2020年、二の丸角櫓は2021年に復元されました。城の入口と角の守りを、失われた空間の位置を考えながら眺められます。

03

薬医門と弘道館

薬医門は城の建物として現存する貴重な例です。近くの藩校弘道館と合わせると、軍事・政治・学問がつながった城下の歴史が広がります。

THROUGH THE YEARS

歴史年表

  1. 江戸時代

    水戸徳川家の拠点として整備。

  2. 1945

    三階櫓が戦災で焼失。

  3. 2020〜2021

    大手門・二の丸角櫓を復元。

BEFORE YOU GO

訪ねる前の、ひとメモ。

遺構は学校などがある市街地に点在します。薬医門を含む公開範囲や見学方法、弘道館の開館・料金は水戸市の公式観光案内で確認してください。

情報確認:2026年9月27日

出典・参考にした公式情報

営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。