まずは、城の素顔から
この城の基本情報
- 城のかたち
- 河川を利用した平城跡
- 築城・成立
- 16世紀中頃
- 築城に関わった人物・勢力
- 武田氏/真田氏らが継承
- 別名・呼び名
- 海津城
- いま残るもの
- 石垣・堀など。門・橋は復元
THE STORY
歴史をひもとく
松代城は16世紀中頃に武田方の海津城として築かれ、川中島の戦いに関わる拠点となりました。城主の交代を経て、1622年に真田信之が上田から移ります。その後、1871年の廃城まで真田氏十代の居城でした。長く石垣を中心に残っていましたが、2004年に門や橋などの復元・修復が行われました。
LAYOUT & ARCHITECTURE
地形と建物を、見てみよう。
北側を流れていた千曲川を防御に利用し、東や南には堀を設けていました。石垣と水による区画の守りを、門と橋が結びつけています。現代の地図だけでは分かりにくい川との関係を意識すると、城の立地を理解できます。
A CLOSER LOOK
この城では、ここに注目。
太鼓門
本丸正面の大きな門は、太鼓で時刻や連絡を知らせたことに由来する名を持ちます。現在の復元門から、本丸の入口の規模が分かります。
戌亥櫓台
城内の高い位置にあった櫓の土台です。現存天守ではなく、見張りの建物があった跡として、城と周辺平野の関係を考えられます。
地元の石
石垣には柴石や皆神山の石が使われています。自然の形を生かした石積みを近くで見ると、地域の素材を用いた城づくりが伝わります。
THROUGH THE YEARS
歴史年表
- 16世紀中頃
海津城として築かれる。
- 1622
真田信之が上田から移る。
- 2004
門や橋の復元・修復を実施。
BEFORE YOU GO
訪ねる前の、ひとメモ。
保存工事により入れない場所があります。真田宝物館・長野市の最新案内で公開範囲を確認し、周辺の真田関係施設は開館日や料金を個別に確かめてください。
情報確認:2026年9月27日
出典・参考にした公式情報
営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。



