No. 026関東・甲信越長野県

松代城

Matsushiro Castle

城跡・遺構

海津城として戦国期に登場し、後に真田氏の居城となった城です。石垣と復元された門・橋から、千曲川を守りに取り込んだ平地の城を想像できます。

松代城の復元された門と橋
松代城の復元された門と橋写真:baku13 · CC BY-SA 2.1 jp · 縮小・WebP変換。一覧では枠に合わせて表示。写真は撮影当時の姿です。現在の工事・公開状況は本文と公式案内でご確認ください。

まずは、城の素顔から

この城の基本情報

城のかたち
河川を利用した平城跡
築城・成立
16世紀中頃
築城に関わった人物・勢力
武田氏/真田氏らが継承
別名・呼び名
海津城
いま残るもの
石垣・堀など。門・橋は復元

THE STORY

歴史をひもとく

松代城は16世紀中頃に武田方の海津城として築かれ、川中島の戦いに関わる拠点となりました。城主の交代を経て、1622年に真田信之が上田から移ります。その後、1871年の廃城まで真田氏十代の居城でした。長く石垣を中心に残っていましたが、2004年に門や橋などの復元・修復が行われました。

LAYOUT & ARCHITECTURE

地形と建物を、見てみよう。

北側を流れていた千曲川を防御に利用し、東や南には堀を設けていました。石垣と水による区画の守りを、門と橋が結びつけています。現代の地図だけでは分かりにくい川との関係を意識すると、城の立地を理解できます。

A CLOSER LOOK

この城では、ここに注目。

01

太鼓門

本丸正面の大きな門は、太鼓で時刻や連絡を知らせたことに由来する名を持ちます。現在の復元門から、本丸の入口の規模が分かります。

02

戌亥櫓台

城内の高い位置にあった櫓の土台です。現存天守ではなく、見張りの建物があった跡として、城と周辺平野の関係を考えられます。

03

地元の石

石垣には柴石や皆神山の石が使われています。自然の形を生かした石積みを近くで見ると、地域の素材を用いた城づくりが伝わります。

THROUGH THE YEARS

歴史年表

  1. 16世紀中頃

    海津城として築かれる。

  2. 1622

    真田信之が上田から移る。

  3. 2004

    門や橋の復元・修復を実施。

BEFORE YOU GO

訪ねる前の、ひとメモ。

保存工事により入れない場所があります。真田宝物館・長野市の最新案内で公開範囲を確認し、周辺の真田関係施設は開館日や料金を個別に確かめてください。

情報確認:2026年9月27日

出典・参考にした公式情報

営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。