まずは、城の素顔から
この城の基本情報
- 城のかたち
- 戦国大名の居館跡
- 築城・成立
- 1519年
- 築城に関わった人物・勢力
- 武田信虎と後継者
- 別名・呼び名
- 躑躅ヶ崎館
- いま残るもの
- 堀・土塁など。現在は武田神社と周辺史跡
THE STORY
歴史をひもとく
武田信虎は1519年に館を築き、甲府の拠点としました。信玄、勝頼まで三代にわたって政務と居住の場として使われました。後の時代には建物が失われ、1919年に武田信玄を祀る武田神社が創建されました。発掘調査と史跡整備によって、館の曲輪や入口の構造が明らかにされています。
LAYOUT & ARCHITECTURE
地形と建物を、見てみよう。
東・中・西などの曲輪に区分された居館で、堀と土塁が防御を担いました。神社の造営によって変化した部分もあるため、現在の境内をそのまま戦国時代の間取りと考えることはできません。発掘で確認された入口や石塁の情報が、往時の形を補います。
A CLOSER LOOK
この城では、ここに注目。
堀と土塁
神社の周囲に残る堀や土塁は、館を守る区画の名残です。現在の参道だけでなく、旧曲輪の境界を意識すると館の形が見えてきます。
三代の拠点
信虎が築いた館は、信玄・勝頼へと引き継がれました。特定の武将一人の場所ではなく、政権の中心が続いた土地として理解できます。
信玄ミュージアム
隣接する歴史館は、館の構造や発掘品を紹介しています。現地で見える土の高まりと展示の資料を合わせると、失われた建物を想像しやすくなります。
THROUGH THE YEARS
歴史年表
- 1519
武田信虎が館を築く。
- 16世紀
信玄・勝頼も拠点として使用。
- 1919
武田神社を創建。
BEFORE YOU GO
訪ねる前の、ひとメモ。
神社の行事と歴史館の開館日・料金は別に確認してください。史跡の公開範囲や案内の利用方法は、甲府市と武田神社の最新情報を参照してください。
情報確認:2026年9月27日
出典・参考にした公式情報
営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。



