No. 024関東・甲信越山梨県

武田氏館

Takeda Clan Residence

城跡・遺構

武田信虎・信玄・勝頼の三代が拠点とした館の跡です。現在の武田神社と周囲の堀・土塁を歩き、山城ではなく平地の居館から国を治めた武田氏の姿に触れられます。

武田氏館跡の堀と赤い橋
武田氏館跡の堀と赤い橋写真:前田左衛門佐 · Public domain · 縮小・WebP変換。一覧では枠に合わせて表示。写真は撮影当時の姿です。現在の工事・公開状況は本文と公式案内でご確認ください。

まずは、城の素顔から

この城の基本情報

城のかたち
戦国大名の居館跡
築城・成立
1519年
築城に関わった人物・勢力
武田信虎と後継者
別名・呼び名
躑躅ヶ崎館
いま残るもの
堀・土塁など。現在は武田神社と周辺史跡

THE STORY

歴史をひもとく

武田信虎は1519年に館を築き、甲府の拠点としました。信玄、勝頼まで三代にわたって政務と居住の場として使われました。後の時代には建物が失われ、1919年に武田信玄を祀る武田神社が創建されました。発掘調査と史跡整備によって、館の曲輪や入口の構造が明らかにされています。

LAYOUT & ARCHITECTURE

地形と建物を、見てみよう。

東・中・西などの曲輪に区分された居館で、堀と土塁が防御を担いました。神社の造営によって変化した部分もあるため、現在の境内をそのまま戦国時代の間取りと考えることはできません。発掘で確認された入口や石塁の情報が、往時の形を補います。

A CLOSER LOOK

この城では、ここに注目。

01

堀と土塁

神社の周囲に残る堀や土塁は、館を守る区画の名残です。現在の参道だけでなく、旧曲輪の境界を意識すると館の形が見えてきます。

02

三代の拠点

信虎が築いた館は、信玄・勝頼へと引き継がれました。特定の武将一人の場所ではなく、政権の中心が続いた土地として理解できます。

03

信玄ミュージアム

隣接する歴史館は、館の構造や発掘品を紹介しています。現地で見える土の高まりと展示の資料を合わせると、失われた建物を想像しやすくなります。

THROUGH THE YEARS

歴史年表

  1. 1519

    武田信虎が館を築く。

  2. 16世紀

    信玄・勝頼も拠点として使用。

  3. 1919

    武田神社を創建。

BEFORE YOU GO

訪ねる前の、ひとメモ。

神社の行事と歴史館の開館日・料金は別に確認してください。史跡の公開範囲や案内の利用方法は、甲府市と武田神社の最新情報を参照してください。

情報確認:2026年9月27日

出典・参考にした公式情報

営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。