まずは、城の素顔から
この城の基本情報
- 城のかたち
- 中世から近世へ発展した城・再建天守
- 築城・成立
- 中世に起源/現天守1960年
- 築城に関わった人物・勢力
- 小田原北条氏と江戸時代の歴代領主
- 別名・呼び名
- —
- いま残るもの
- 石垣・堀等。天守と主な門は再建・復元
THE STORY
歴史をひもとく
中世の城は、16世紀に小田原北条氏の関東支配の中心として拡張されました。豊臣秀吉との戦いを前に城下を囲む総構が整えられ、1590年に開城します。江戸時代には別の領主のもとで城が改修されました。明治に天守が解体された後、1960年の再建をはじめ、門や橋の復元が段階的に進められています。
LAYOUT & ARCHITECTURE
地形と建物を、見てみよう。
北条氏時代の広い総構と、近世の本丸・二の丸を区別して見ることが大切です。現公園では堀や石垣、門によって区切られた入口をたどれます。再建天守だけを中世の北条氏の城そのものと考えると、改修の歴史を見落としてしまいます。
A CLOSER LOOK
この城では、ここに注目。
1960年の再建天守
現在の天守は戦後に再建された建物です。展示で歴史を学びながら、今の城址公園がどの時代の姿を伝えているかを考えられます。
門をたどる
常盤木門、銅門、馬出門などが復元されています。入口をいくつも通る動線から、近世城郭の守りの仕組みを体感できます。
総構という発想
北条氏は城下を取り込む総構を築きました。本丸周辺だけでは収まらない城域があったことを知ると、小田原の町を見る視点も広がります。
THROUGH THE YEARS
歴史年表
- 1590
豊臣秀吉の攻撃を受け開城。
- 1960
天守を再建。
- 1997
銅門を復元。
- 2009
馬出門を復元。
BEFORE YOU GO
訪ねる前の、ひとメモ。
天守と各展示施設の営業時間・料金は公式サイトで確認してください。城址公園と総構の遺構は範囲が異なるため、見学目的に応じて公式地図で計画しましょう。
情報確認:2026年9月27日
出典・参考にした公式情報
営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。



