No. 025関東・甲信越山梨県

甲府城

Kofu Castle

城跡・遺構

甲府の市街地に、築城期の石垣を残す近世城郭の跡です。舞鶴城公園の高低差をたどり、武田氏の館とは別の時代に築かれた城を見てみましょう。

甲府城跡の石垣と櫓
甲府城跡の石垣と櫓写真:Asougi · Public domain · 縮小・WebP変換。一覧では枠に合わせて表示。写真は撮影当時の姿です。現在の工事・公開状況は本文と公式案内でご確認ください。

まずは、城の素顔から

この城の基本情報

城のかたち
石垣を備える近世城郭跡
築城・成立
16世紀末、豊臣系大名の時代と考えられる
築城に関わった人物・勢力
加藤光泰・浅野長政、幸長ら
別名・呼び名
甲斐府中城・一条小山城
いま残るもの
石垣・曲輪。稲荷櫓・鉄門などは復元

THE STORY

歴史をひもとく

武田氏が滅んだ後、甲斐の支配者は織田・徳川から豊臣系の大名へと移りました。甲府城は16世紀末の加藤氏や浅野氏の時代に築かれたと考えられ、出土瓦もその背景を伝えます。江戸時代には徳川家や柳沢家の拠点となり、幕府直轄の時期もありました。近代に城域の一部が線路や市街地となりましたが、調査と整備を経て史跡公園として保存されています。

LAYOUT & ARCHITECTURE

地形と建物を、見てみよう。

丘上の本丸や天守曲輪などを石垣で分ける構成です。門と櫓が区画の境や縁に置かれました。現在の公園は旧城域の一部なので、復元建物だけでなく地図上の失われた範囲も合わせて見ると、城下との関係が理解できます。

A CLOSER LOOK

この城では、ここに注目。

01

築城期の石垣

市街地化の中でも城の石垣がよく残っています。曲輪ごとの高低差と石の面を見比べると、丘を区切って城を築いた様子が分かります。

02

稲荷櫓

稲荷櫓は、史跡整備の中で復元された建物です。石垣だけでは想像しにくい櫓の位置や、城の外観を考える手掛かりになります。

03

鉄門と区画

鉄門は本丸と天守曲輪の境にあった櫓門を復元したものです。門を目印にすると、広場に見える場所の役割を区別できます。

THROUGH THE YEARS

歴史年表

  1. 16世紀末

    豊臣系大名のもとで築城が進む。

  2. 1704

    柳沢家が甲府藩主となる。

  3. 1724

    再び幕府直轄領となる。

  4. 2019

    国史跡に指定。

BEFORE YOU GO

訪ねる前の、ひとメモ。

復元建物の内部公開と公園の利用条件は異なります。山梨県の最新案内で開館日、工事、見学できる範囲を確認してください。

情報確認:2026年9月27日

出典・参考にした公式情報

営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。