まずは、城の素顔から
この城の基本情報
- 城のかたち
- 河岸段丘上の平山城跡
- 築城・成立
- 創建年不明/16世紀に武田氏が改修
- 築城に関わった人物・勢力
- 武田氏と江戸時代の歴代藩主
- 別名・呼び名
- —
- いま残るもの
- 曲輪・堀・土塁など
THE STORY
歴史をひもとく
創建年は明らかではありませんが、戦国時代には武田氏が伊那谷支配の拠点として整えました。1582年には仁科盛信が織田信忠の軍と戦い、城は落ちました。江戸時代には保科・鳥居・内藤の各氏が藩政の拠点として使います。明治に廃城となり、1875年に公園が開かれ、桜の名所へと育ちました。
LAYOUT & ARCHITECTURE
地形と建物を、見てみよう。
三峰川と藤沢川の合流点近くの河岸段丘を利用した平山城です。本丸を中心とした曲輪を堀と土塁で守り、川へ落ちる斜面にも防御の加工が見られます。近世の本丸には御殿や櫓が置かれ、天守はありませんでした。
A CLOSER LOOK
この城では、ここに注目。
本丸を囲む堀
本丸や二ノ丸などの周囲に、大きな堀が残っています。区画の縁に沿って見ると、花の公園の下に城の平面があることに気づけます。
土塁と川の斜面
土塁や三峰川へ向かう斜面が、防御を考える手掛かりです。見晴らしだけでなく、どちら側から近づきにくいかにも目を向けられます。
桜と城跡の再出発
廃城後、旧藩士たちが桜を移植し、公園として育ててきました。現在の景色は戦国期のままではなく、城を受け継いだ人々の営みも映しています。
THROUGH THE YEARS
歴史年表
- 16世紀
武田氏が伊那支配の拠点として整備。
- 1582
織田軍の攻撃で落城。
- 1875
城跡を公園とする。
BEFORE YOU GO
訪ねる前の、ひとメモ。
桜の時期は入園や交通の扱いが通常期と異なります。開花情報、入園料、駐車・交通案内は伊那市と観光協会の当年の公式案内で確認してください。
情報確認:2026年9月27日
出典・参考にした公式情報
営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。



